フルトヴェングラー ベートーヴェンの名盤 最後の第5番”運命”

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フルトヴェングラー ベートーヴェン第5番の名盤



ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
交響曲第5番ハ短調作品67
ウィリヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

第1楽章:Allegro con brio 08:24
第2楽章:Andante con moto 11:08
第3楽章:Allegro 06:11
第4楽章:Allegro 08:52
1954.5.23ライブ録音

 

フルトヴェングラーの第5番の録音は12種類あるようですが、僕は8種類まで集めました。

 

宇野功芳氏の著書「フルトヴェングラーの全名演名盤」で見るとほぼ重要な録音は押さえたようなので、近々それらをまとめてコメントしたいと思います。

 

さて今回取り上げるのは、その中でも最後の録音で亡くなる半年前のものです。

 

聴いていて鳥肌かたつ素晴らしい演奏で、しかも録音がクリアなのが有り難いです。

 

フルトヴェングラーが長生きしていたら

 

フルトヴェングラーは、68才という指揮者としては、これからという年齢で亡くなりましたが、あと10年長生きしていたら、クラシック音楽界の歴史は明らかに変わっていたでしょう。

 

ある評論家の著述の中で、指揮者は長生きしないと損だというコメントを見たことがありますが、正にそうだと思います。

 

こんな統計はないでしょうし、思ったとしてもだからどうなるんだ、と思いますが、フルトヴェングラーが、もっと長生きしていたら、あと10年長く生きていたら、クラシック音楽を取り巻く世界は違っていたと思います。

カラヤン&ベルリンフィルは誕生したか?

カラヤン&ベルリンフィルのコンビが果たして誕生していたか?
が僕に一番興味があり、妄想するところです。

 

フルトヴェングラーが、54年11月に亡くなって、ベルリンフィルで一番問題になったのが、翌年に控えていたアメリカ公演ツアーの指揮者でした。

 

カラヤンが代役として候補となりましたが、ここでカラヤンは勝負にでました。

 

なんとツアーの指揮者を引き受けるから、常任指揮者しかも終身指揮者にしろ、とベルリンフィルに詰め寄ったのです。

 

いろんな状況からベルリンフィルはカラヤンの要請を受諾することになりました。

 

そして55年2月のアメリカツアーはカラヤンの指揮で大成功。

 

しかも56年秋にもアメリカツアーを行い、この時はユダヤ人の強硬な反対運動で直面しましたが、コンサートが各地で称賛を博し、その間、56年4月に終身芸術監督に就任しました。

 

もともとこのツアーはフルトヴェングラーが予定されていたのです。

しかし、フルトヴェングラーは、戦犯疑惑は晴れましたが、アメリカでの印象は良くありませんでした。もしかして、カラヤン&ベルリンフィルは遅かれ早かれ実現したのかもしれません。

フルトヴェングラーのステレオ録音が聴きたかった

フルトヴェングラーが長生きしたら、カラヤンが終身指揮者に就任しなかったという妄想よりも、フルトヴェングラーのステレオ録音が残されたということの方が、現実的です。

 

あと10年、つまり60年代半ばまで長生きしたら、ワルターやクレンペラーの様にレコード会社により専属のオーケストラが用意され、ステレオ録音がたくさん残されたのでは、なんて妄想も膨らみますね。

 

ただ、フルトヴェングラーは録音嫌いだったそうなので、そんなに残さなかったという危惧はありますが。例えば、65年まで生きたクナパーツブッシュのように。

 

結局、歴史はなるようになったということでしょうか。。。



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