チャイコフスキーの悲愴 バーンスタインの思いの丈をぶちまけた迷盤

目安時間:約 9分
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バーンスタインは、僕の大好きな指揮者で72才という指揮者としては、
まだまだとこれからと思われる年齢で亡くなった時は、結構ショックでした。

 

亡くなったのが1990年で、その2年ほど前の写真週刊誌に、
70歳の誕生日パーティーではしゃいでいる姿を載っていました。

 

前年に、バーンスタインよりも10歳年上の帝王として君臨してきたヘルベルト・フォン・カラヤンが亡くなり、バーンスタインがまさに音楽界の頂点的な存在と思っていたけど、
人生とはわからないものです。

 

カラヤンと同い年でバーンスタインよりも10歳上の朝比奈隆は、
「私よりも大分若いのに残念です。」
とコメントされていたのが印象的でした。

 

さて、今年は、バーンスタインの生態100周年ということもあり、積極的取り上げたいと思いますが、今日は、バーンスタインが86年に録音したチャイコフスキー交響曲第6番“悲愴”をご紹介します。

 

一般的な悲愴の演奏からいうと、感情移入が強すぎて、重すぎる感がありますが、
バーンスタインのファンである僕としては、何か思うものを感じます。

 




チャイコフスキーの悲愴 バーンスタイン指揮ニューヨークフィル

 

ピョートル・イリッチ・チャイコフスキー(1840-1893)
交響曲第6番ロ短調「悲愴」作品74

 

Ⅰ(22:34)Adagio - Allegro non troppo
Ⅱ(08:29)Allegro con gracia
Ⅲ(09:52)Allegro molto vivace
Ⅳ(14:11)Finale: Adagio lamentoso

 

レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨークフィルハーモニック
録音:1986年8月 ニューヨークにて

 


チャイコフスキー:交響曲第6番≪悲愴≫レナード・バーンスタイン 、 ニューヨーク・フィルハーモニック

 

さて、このチャイコフスキーの悲愴ですが、
僕は「とんでも迷盤」にカテゴリーしたいですね。

 

あまりにもバースタイン臭が強すぎて、最後まで聴き通すのがしんどいです。
その原因は第4楽章にあります。
とにかく、おおおおおお遅い。。。!

 

第1楽章は、バーンスタインならもっと掘りの深い表現が出来るのではと思いますが、

まあまあの出来。

 

第2楽章は、ニューヨークフィルのチェロの音色にうっとりで、

この演奏の中では、一番抵抗なく聴けます。

 

第3楽章が、さすがバーンスタインという演奏で盛り上げ方が素晴らしい!

 

そして問題の第4楽章。
この楽章に費やした時間17分12秒。

 

ちなみに晩年はテンポが遅くなったと有名なオットー・クレンペラーで9分31秒。
2倍近く掛けていることなります。

 

聴いていて嫌んなるね。

まあ、そんなバーンスタインにしっかり付いて行った

ニューヨークフィルの面々に拍手かな。

 

でも、こき降ろしたくなるような演奏ですが、

僕はやっぱりまた聴きたくなります。

 

ここまで自分の思いを主張して通した演奏は少ないからです。

むしろ晩年のバーンスタインだから出来た迷盤、いや名盤かもしれません。

 



チャイコフスキーの悲愴 名演の名盤紹介

 

僕は、どちらかというと感情移入過多の演奏よりも、
すっきりとまとめた演奏が好きで、

 

かと言って、事務的で、ドライな演奏は、もっての外で、
つまり、なかなかうるさいリスナーなのです。

 

素顔のままでが好きなのです。

 

過剰な演奏はいらない、かといって素っ気ない演奏も嫌。

 

見た目は、質素で素朴だけど、中身の詰まった演奏、心のこもった演奏が好きです。

 

そんなところから、決して“悲愴”の名盤として挙がってこないですが、
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響、

ルドルフ・ケンペ指揮フィルハーモニア管が好きです。

 

ただ、フリッチャイ指揮ベルリン放送響の壮絶な演奏は別格ですが。

 

そんなところからバーンスタイン指揮ニューヨークフィル(1986年盤)は、
僕の趣味からは遠いですが、バーンスタインの思いの丈をぶちまけた録音として

僕はついつい聴きたくなりますね。

 

ただ、バーンスタインの実力から行くと、

第一楽章は、もっと彫りの深い演奏が出来たのではないかと思います。

そこが少し残念。

 

チャイコフスキーの悲愴 楽譜に見る演奏不可能な指定

 

チャイコフスキーの交響曲第6番“悲愴”は、
交響曲史上屈指の名曲として、多くの人に愛され、
コンサートでもよく取り上げられる彼の代表作です。

 

第3楽章にスケルツォと行進曲を置き、
最後の第4楽章が、重く沈鬱なアダージョという構成は、
交響曲としては異例でした。

 

そしてこの曲の感情の起伏の大きさは、楽譜中に記された
演奏記号からも伺えます。

 

第1楽章のある小節にあるファゴットの独奏に
ppppppの記号が記されているのです。

 

p(ピアノ)が弱く、pp(ピアニッシモ)がとても弱く、
ppp(ピアニッシッシモ)が、とてもとても弱く。

ならば、ppppppは?

 

ピアニッシッシッシッシッシッシモと言うのだろうか?
ファゴット奏者は地球上もっと小さい音で吹くのでしょうか?

 

 

 

まとめ

 

僕が、初めて購入したLPが、ベートーヴェンの運命とチャイコフスキーの悲愴が

裏表に入っている、カラヤン指揮フィルハーモニア管のものでした。

 

だからか、チャイコフスキーの悲愴については特別な思いがあります。

 

多くのCDを聴いてきましたが、やはり世評も高い、

フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送響の演奏が、一番感動的だと思います。

 

そう思う反面、バーンスタインの演奏は、印象に残る演奏です。

 

悲愴のCDを語るときには、必ず、攻撃されそうな演奏ですが、

僕は、自分が何かに躓いて悩んでいるようなとき、

そっと取り出して、バーンスタインの悲愴の終楽章だけ聴いて

心の澱を流し切りたいと思います。

 

 




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