カラヤンの歴史的名盤 ベルリンフィルとの初めてのアメリカ公演

目安時間:約 8分
  • 人気ブログランキング

こんにちは。

 

ともやんです。

 

今年は、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)の没後30周年にあたります。

 

そこでいろいろ彼の生涯をたどっていると、彼がクラシック音楽界の帝王となった分岐点が見えてきます。

カラヤンのことを皮肉を込めてビジネスマンという人がありますが、この機を見る機敏さには見習うべきものがあります。

 

1954年11月29日、ベルリンフィルの首席指揮者フルトヴェングラーが永眠しました。

ベルリンフィルとしては辛い出来事ですが、悲しんでばかりはいられません。

 

差し迫っての大問題が、翌55年2月に迫ったアメリカ公演でした。

 

この時点まで、第二次大戦後、ベルリンフィルともっともコンサートを重ねてきたのは、チェリビダッケでした。

その数400回を超えていました。

 

一方、カラヤンは、数回に過ぎません。悩ましいところです。

 



カラヤン ベルリンフィルのアメリカ公演指揮者になるまで

 

時のベルリンフィルのインテンダント、ゲルハルト・ヴェスターマンは、まずはアメリカ公演の指揮者を早急に決めなけれなばなりませんでした。

 

しかし、当時は敗戦国、しかもユダヤ人を弾圧したドイツが、戦後初めて行うアメリカ公演です。

戦後10年経ったと言えどもアメリカ社会、特にユダヤ人社会からどんな抵抗があるかわかりません。

 

実際、7年前の'48年には、シカゴ交響楽団が、フルトヴェングラーを招聘した時もトスカニーニ、ホロヴィッツなどの反ファシズム、反ナチの音楽家から猛烈な反対を受け、公演は中止となった経緯もあります。

 

でも時は流れています。

いつまでもアメリカはドイツのオーケストラを拒絶するわけには行きません。

そしてもしアメリカ公演を行うなら無難な指揮者ではなく、フルトヴェングラー並のインパクトのある指揮者である必要があります。

 

アメリカ側の主催者は、コロンビア・アーティスツ・マネージメント社です。
毎日のように同行の指揮者の進捗を聴いてきました。

 

そしてコロンビア側の指名はカラヤンでした。

フルトヴェングラーと同様戦犯の嫌疑が掛けられ無罪になった経歴から、これほどのインパクトはありません。

 

アメリカ側の動きが早かったようです。

ヴェスターマンが、ローマにいるカラヤンに電話した時には、カラヤンは既にアメリカから打診を受けていました。

 

これからカラヤンは強気で行けます。

 

カラヤンは、ヴェスターマンからのアメリカ公演の打診にこう答えました。

「喜んでお引き受けします。ただ、フルトヴェングラー氏の後任として音楽監督に就任できるならです。」

 



カラヤン&ベルリンフィルの記念的名盤 '55年 アメリカ公演

 

この辺のビジネスセンスはさすがです。

詳しく書くと長くなるので、とにかく演奏を聴いてください。

そんな政治的な思惑を吹き飛ばす颯爽として演奏です。

 

カラヤン&ベルリン・フィル / 初のアメリカ公演ライヴ
モーツァルト : 交響曲 第35番 ニ長調 「ハフナー」 K. 385
リヒャルト・シュトラウス : 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 Op. 28
ブラームス : 交響曲 第1番 ハ短調 Op. 68
ヘルベルト・フォン・カラヤン (指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音 : 1955年2月27日 / コンスティテューション・ホール、ワシントン (ライヴ)

 

【CD】 初のアメリカ公演ライヴ ヘルベルト・フォン・カラヤン 、 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

カラヤン栄光の軌跡。
すべてはここから始まった! !
1955年2月ワシントンでの歴史的ライヴ。
この圧倒的名演、大成功アメリカ公演により、
カラヤンはベルリン・フィルの
芸術監督&首席指揮者の座を射止めた! !

 

★ 1955年2月、戦後初となったベルリン・フィルのアメリカ公演。指揮者として予定していたフルトヴェングラーは3か月前に急逝したため、代役をつとめたのはカラヤンでした。2~4月の公演は大成功、カラヤンは団員からも支持を受け、滞在中の3月3日にベルリン・フィルの芸術監督兼首席指揮者に推挙されました。そして、帰国後の4月5日、評議員会により承認されます。その後" 楽壇の帝王" にまで登りつめたカラヤン栄光の軌跡、すべてはここから始まったのです!

 

★ 1955年2月27日、ワシントン、コンスティテューション・ホールで行われた演奏会。当日はコンサートの冒頭にアメリカ、ドイツ両国の国歌が演奏され、本プロとして前半に「ハフナー」交響曲と「ティル」、後半にブラームスの第1番交響曲が演奏されました。この本プロの全3曲がライヴ音源として残っていたのです! カラヤン自身も満足と自信を示したようで、演奏会の出来は気合いと緊迫感に満ち、ストリクトな表現で圧倒的! 随所にフルトヴェングラー時代の特質でもあるベルリン・フィルの合奏力、オーレル・ニコレ(フルート)ら団員のソロ妙技が光っています。

 

★かくも貴重な歴史的公演の世界初出LPは1979年、イタリア・チェトラから発売されたLO506。当時チェトラを販売していたキングレコードは、この音源の制作元ミラノ・ディスコス(DISCOS,Mirano)から、直接、マスターテープを買い求め、SLF-5003,5004(LP2枚)で発売。このたび、キングの倉庫に眠っていたこのアナログ・マスターテープ(38cm/秒)から、キング関口台スタジオで、39年ぶりに最新マスタリングして、国内初CD化! もとのテープも音質良好ですが、最新デジタル技術で一層改善され、よみがえるファン垂涎の貴重音源にご注目ください!

 

 




  • 人気ブログランキング

コメントフォーム

名前

 

メールアドレス

 

URL

 

 

コメント

トラックバックURL: 






最近の投稿
アーカイブ
カテゴリー
タグ
メルマガ登録
ぶろぐ村