ミトロプーロス マーラー交響曲第9番 清貧な生涯を送った名指揮者

目安時間:約 11分
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ディミトリ・ミトロプーロス(1896-1960)は、
『ギリシャの哲人』と呼ばれた、ギリシャのアテネ出身の名指揮者です。

 

世代的には、カール・ベーム(1894-1981)、ジョージ・セル(1897-1970、
ユージン・オーマンディ(1899-1985)という人たち同世代です。

 

同じ19世紀生まれでも1880年代以前の巨匠たちは、
トスカニーニ、ワルター、シューリヒト、

クレンペラー、フルトヴェングラー、クナッパツブッシュ

といった人たちは、

 

全盛期は第二次大戦と戦後の混乱期と

重なり来日はしませんでしたが、

 

しかし、この世代の指揮者は、

日本敗戦後の復興時期に当たる60年代から70年代に

ちょうど全盛期ということもあり来日、

しかもベームやオーマンディは複数回来日しました。

 

しかし、ミトロプーロスは、1960年にと早く亡くなったので、
残念ながら日本の地を踏むことはありませんでした。

 

ミトロプーロスは、当初作曲家、ピアニストとして

才能を発揮しましたが、その後指揮者となり、

 

30年代よりアメリカで活躍し、

1950年にニューヨークフィルハーモニックの音楽監督に就任し、

58年に若きレナード・バーンスタインに後事を託して退任しました。

 

ミトロプーロスは、少年期に音楽を愛するあまり

聖職者になることを断念した人ほどの人で、

 

その後も生涯に渡って、

神に仕える身であることを忘れなかった人です。

 

大指揮者としてアメリカで暮らすようになっても

スター指揮者とは程遠いく暮らしぶりで、

 

清貧を愛し、巨額の収入を後進の音楽家や

不幸な同僚のために喜んで役立てたそうです。

 

また生涯妻をめとることなく、

社交の華やかさより閑居の静けさを愛した人でした。

 




ミトロプーロスのマーラーへのアプローチ

ミトロプーロスは、既に1940年に

ミネアポリス交響楽団をマーラーの交響曲第1番『巨人』を録音しています。

 

この当時としては、かなり珍しく、

それは当時、現代音楽を積極的に取り上げたいた姿勢からも伺えます。

 

ディスコグラフィを見ても、

古典派のハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンあたりは極端に少なく、

しかも協奏曲の伴奏指揮が多いなど、

もしかしてコンサートでも同様だったのではと想像します。

 

特にマーラーは、第7番を除いてラインナップされていて、
積極的に取り上げたいことがわかります。

 

本日ご案内するミトロプーロスのマーラー選集第1と第2には、

それぞれ興味深い録音が含まれていて、

ミトロプーロスの芸術を知るためには最適な選集だと思います。

 

その中で、僕はウィーンフィルとの第9番を聴きました。

 

これは急死でミラノで亡くなる1ヵ月前のライブ録音です。

第1楽章から、なにか遠くから響いてくるような、
遅いテンポがそれを増長し、胸苦しくなるような演奏で、

 

ウィーンフィルのメンバーが、

なにかに憑りつかれたように演奏してる様が伝わってきます。

 

これは聴かずに死ねない名演です。

 



ミトロプーロスのマーラー交響曲選集 第2集

 

グスタフ・マーラー - Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第9番 ニ長調
Symphony No. 9 in D Major

 

1.(27:33) I. Andante comodo
2.(15:31) II. Im Tempo eines gemachlichen Landlers - Etwas tappisch und sehr derb
3.(14:06) III. Rondo-Burleske: Allegro assai
4.(21:57) IV. Adagio - Sehr langsam und noch zuruckhaltend
total(79:07)

 

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 - Vienna Philharmonic Orchestra
ディミトリ・ミトロプーロス - Dimitri Mitropoulos (指揮)
録音: 2 October 1960, Live recording, Musikverein, Vienna, Austria

 

Mahler: Great Symphonies Vol.2 - No.1, No.5, No.6, No.9 ディミトリ・ミトロプーロス 、 ニューヨーク・フィルハーモニック 、 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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マーラー演奏についてワルターとバーンスタインを繋ぐ指揮者というばかりでなく、もっと尊敬されてしかるべき存在の巨匠ミトロプーロス。その深みある名演が甦ります。当セットには、ニューヨークフィルとの「巨人」を収録。これはミトロプーロスらしい深い呼吸の名演で、マーラー後期の傑作にも見劣りしない威厳すら感じます。第5番は、第4楽章から第5楽章の静かな部分でノイズが発生するのが惜しいものの、ニューヨークフィルから鈍色の響きを紡ぎ出し、お祭り騒ぎに堕さないシリアスな解釈。第6番は、この時代には珍しくスケルツォを第2楽章においた演奏。地の底から響くようなド迫力です。第9番は、入手困難なウィーンフィルとの演奏が採用されております。山の彼方から聴こえてくるような、人間業とは思えない神々しさを持つ演奏で、ウィーンフィルも尋常ならざる緊迫感で応えます。この後1カ月も経たずに巨匠は黄泉の世界に旅立ってしまうのです。

ミューズ貿易

 



ミトロプーロスのマーラー交響曲選集 第1集

 

Mahler: Great Symphonies Vol.1 - No.1, No.3, No.8, No.10 ディミトリ・ミトロプーロス

 

マーラー演奏についてワルターとバーンスタインを繋ぐ指揮者というばかりでなく、もっと尊敬されてしかるべき存在の巨匠ミトロプーロス。その深みある名演が甦ります。ミトロプーロスのマーラー演奏は、その柔軟なフレージングによる、深呼吸のような息の長さに特徴があります。初期のワルターがせからしい演奏を心掛けたのと対照的で、バーンスタインのデフォルメ的な解釈ともことなります。こちらに収録の「巨人」はまだまだ熟し切れない青臭さの残る演奏でこれはミトロプーロスとしては異質。1960年はマーラー生誕100年に当たり、ミトロプーロスは世界中でマーラーを演奏。第3番は、巨匠死の二日前の白鳥の歌。そんなことは微塵も感じさせない迫力、そしてフィナーレの遠大さはヒューマンな温かみにも満ちております。第8番も死の年にザルツブルク音楽祭に出演した超名演。野外劇場で条件の悪いライヴながら、ウィーンフィルをはじめとする演奏者「千人」を容易く統率する気力、そして難解と敬遠されるこの曲を壮麗な叙事詩的に歌い上げます。
ミューズ貿易

 

 



最後に

 

『巨匠たちの音、巨匠たちの姿』(1950年代・欧米コンサート風景)植村攻著。

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で、植村氏は、1956年のザルツブルク音楽祭に行って、
7月24日にミトロプーロス指揮ウィーンフィルで、

モーツァルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』を聴いています。

 

その文章が秀逸です。

“私は、ロンドンでも、この人の指揮を聴いたが、或る時は両手をだらりと真下に伸ばしたまま腰のあたりでちょっと動かすだけの時もあれば、大きくタクトを振って激しい動きもすることがあるという、その時によって指揮のスタイルを変える人で、達者だが一風変わった指揮者だと思っていた。この日に薄明かりの中で見たミトロプロスは、禿頭の長身を譜面台からオーケストラに屈み込むように折り曲げ、精細にバトンを動かして、速めのテンポで歯切れの良い音楽をつくっていたように覚えている。”

 

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この時の録音がCD化されています。

僕はこの録音も聴きましたが、音質も悪くなく、十分鑑賞を楽しめます。

植村氏の文章通り、歯切れの良いモーツァルトを聴かせてくれています。



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