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宇野功芳の名盤 ベートーヴェン交響曲第9番 行きついた最後の境地

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こんにちは。
ともやんです。

 

宇野功芳氏は、2016年6月10日に86歳で亡くなりました。

最近その名前を聞かなくなったなと思い、調べてみるとすでに亡くなっていたのです。

僕が知ったのは、亡くなって1年ほど経っていました。

 

僕は、中学生の時から宇野さんの評論に接してきましたから、50年近いお付き合いになります。

宇野功芳氏は、指揮もする音楽評論家と言ったほうが良いでしょう。

 

音楽評論の世界でも独特の見解も持った方で、カラヤン絶頂期にカラヤンのLPを猛烈に批判したりして、

一般的なレコード評論家と対立することは日常茶飯事でした。

 

でもその評論や勧めるCDは、宇野氏の確固たる主義に基づいたもので楽しめるものが多かったです。

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宇野功芳さんが教えてくれたこと

 

宇野さんが一番嫌った演奏はマンネリで、プロといえども一回、一回真剣勝負で音楽に取り組むべきという考えで、切れば血が出る表現、という言い方を良く使われていました。

私も同感でプロの演奏家は、何度もやった曲目といえども始めたやるような真剣さやるべきと思います。

 

さて宇野さんは合唱の指揮はなさっていましたが、80年代からフルオーケストラの指揮もされるようになりました。

私も2回宇野さんのコンサートに足を運びました。

 

さてその演奏は?と言えば、迷演奏といった方が良いもので、随所にユニークな表現はあるけど、音の流れが上手くいかず、渋滞を招いたりでオーケストラのメンバーも大変だなあ、と思わずにはいられないものでした。

 

でも亡くなる前年の”第九”は傑作です。
こんな楽しい第九を聴いたころがありません。目の前で楽しい芝居を観ているとような錯覚に落ちいります。

 

宇野さんがよく言っていたワクワク、ドキドキするような演奏ってなにかわかるように気がしました。

でも、終楽章の独唱が入る前のあの歓喜の主題を順に変奏いて部分の澄みきった哀しさは、どうしたんだろうまるで天国に来てしまったような音楽です。

もしかして宇野さんが行きついた最後の境地なのかもしれません。

宇野功芳指揮大阪交響楽団 ベートーヴェン交響曲第9番

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 Op. 125
Symphony No. 9 in D Minor, Op. 125, “Choral”

作詞 : フリードリヒ・フォン・シラー – Friedrich von Schiller

 

丸山晃子 – Akiko Maruyama (ソプラノ)
八木寿子 – Hisako Yagi (アルト)
馬場清孝 – Kiyotaka Bamba (テノール)
藤村匡人 – Masato Fujimura (バリトン)
神戸市混声合唱団 – Kobe City Philharmonic Chorus
大阪交響楽団 – Osaka Symphony Orchestra
宇野功芳 – Koho Uno (指揮)
録音: 4 July 2015, Live recording, Izumi Hall, Osaka, Japan

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1.(18:03) I. Allegro ma non troppo e un poco maestoso
2.(10:48) II. Molto vivace
3.(17:41) III. Adagio molto e cantabile
4.(26:50) IV. Finale: Presto – Allegro assai
total(73:22)

 

【SACDハイブリッド】 功芳の「第九」 宇野功芳 、 大阪交響楽団

 

1930生まれの85歳、評論活動でも知られる宇野功芳が、指揮者として”第九”を振った2015年いずみホールでのライヴ録音盤。”第九”は1980年代後半に日大オーケストラを振ったのを契機に、彼の指揮活動の礎となった、宇野功芳にとってゆかりも愛着もある曲。アクセルとブレーキを絶妙に踏みかえながら、絶えず流動していく音楽は、まさに”冠絶した宇野功芳の世界”。宇野ファンはもとより、”第九”を聴き飽きたというリスナーにもお薦めのアルバム。

 

最後に

 

宇野さんの音楽評を読んでいていつも思うのは、この人は心の底から音楽が好きなんだなと強く感じることです。

だから、プロ擦れした演奏が許せないのです。

 

もっとワクワクドキドキさせんかい!と思ってしまって、魂が入っていない演奏は、けちょんけちょんにけなすのです。

一方、入魂の演奏に対しては、素晴らしい、凄いと絶賛します。
つまり忖度がないのです。

 

演奏家に対しても、レコード業界に対しても気兼ねなしに自分の感じたことを率直に文章にして音楽ファンに届けてくれるのです。

でも、宇野さんのことだから、天国でフルトヴェングラーなどとビールでも飲みながらベートーヴェン談義に花を咲かせているかもしれませんね。



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