シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D.485 ジョス・ヴァン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ交響楽団 ↓ インマゼール&アニマ・エテルナ シューベルト交響曲全集   フランツ・シューベルトは、僅か31才で夭折した天才作曲家です。 最後は、餓死同然で僅かなお金しか残っていなかったそうです。   短い生涯でそろこそ多くの名曲を遺しています。 交響曲10、管弦楽曲4、室内楽曲は、…

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1970年代には、日本ではカラヤンと並ぶ、場合によってはそれ以上の人気を博したカール・ベーム(1894-1981)。 度々来日されてその度にコンサートは超満員。まさに19世紀生まれのカリスマ指揮者として君臨しました。   その時の人気を知る僕にとっては、現在のカール・ベームの人気の凋落ぶりは残念でなりません。 かと言って、それは一般的なことで、マニアの間では、忘れてはいけない指揮者です。…

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指揮者 山田和樹は、 1979年(昭和54年)1月、神奈川県秦野市出身です。   今年40歳ですから、僕の子供世代の指揮者として、 これからの名匠、巨匠を歩むと思いますので楽しみです。   今日は、ブザンゾン国際指揮者コンクールに優勝した翌年2010年に 横浜の青葉台にあるフィリアホールでのライブ演奏をご案内します。   曲目は、大曲シューベルトの交響曲第9番「ザ・グ…

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先日、アリス=紗良・オットの アルバムを紹介しました。   そのアリスを経歴を見ていると妹がいて、 彼女もピアニストだということです。   名前は、モナ=飛鳥・オット。   1991年生まれなので、姉よりも3歳年下の27歳。   早速、昨年録音したシューベストとリストの曲を聴きました。   いや、この人も凄い人です。   姉とのアリス=紗…

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ヘルベルト・ブロムシュテットは、実演で聴いた数少ない 外国人指揮者の一人です。   確か、もう20年以上前ドレスデン・シュターツカペレを率いて来日したとき聴きました。   会場も忘れてしまいましたが、曲目はマーラーの交響曲第1番「巨人」で、 素晴らしい名演だったことは憶えています。   そんなブロムシュテットのドレスデンシュターツカペレ時代の ベートーヴェン全集と共に…

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シューベルトの没後11年目、 シューベルトの兄フェルディナントの 手元に保管されているひと山の楽譜の中から ロベルト・シューマンが発見し、 メンデルスゾーンがライプチヒでみずから指揮して初演しました。   この曲は、演奏時間50分以上を要する大きさから ザ・グレートという愛称が付いています。   作曲の年順からいうと第十番目に属すべきもので、 1828年3月、シューベルトの死の…

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ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)が 亡くなってから、50年以上経つのに、 相変わらず一度も来ることがなかった極東日本で 人気があるようです。   これはフルトヴェングラーにも言えますが、 もう50年以上(フルトヴェングラーは60年以上)前に、 この世からいなくなった指揮者。   しかも日本の土を一度も踏むことをなく、 古い録音だけで、知られてきたこの二人の指揮…

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今日は、ティントナーが、シューベルトの交響曲を振ったライブのご紹介です。   ティントナーはオーストリアのウィーンに生まれました。 そして音楽生活の原点は、ウィーン少年合唱団員でした。   しかし、ユダヤ系だたっために憎きナチスの迫害を受け、 故郷ウィーンを追われるように出て、数奇な運命を辿った指揮者です。 言語に絶する辛い体験もしたことと思います。   そんなティン…

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ワルターのシューベルト「ザ・グレート」   フランツ・シューベルト(1797-1828) 交響曲第9番ハ長調「ザ・グレート」 ブルーノワルター指揮 コロンビア交響楽団   名盤とは聞いていいましたが、これほどまでとは思いませんでした。   シューベルトのザ・グレートは、ワルターの数ある録音の中でも名盤の誉れが高いものでしたが、これはクラシック音楽ファンのみならず、多く…

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シューベルトの未完成が凄い フランツ・シューベルト 交響曲第8番ロ短調「未完成」 ウィリヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1948年10月24日   第1楽章の出だしが何とも言えない。   地の底から湧き上がってくるように開始される。   最初の出だしなど、聴こえないくらい小さい音なのだ。 フルトヴェングラーならではの名演 チェロが奏…

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フルトヴェングラーは、第二次大戦後、ナチに協力した疑いで、 それが晴れるまで演奏活動を禁止されていました。   紆余曲折の末、なんとか2年後の47年5月に復帰コンサートを開催して、 ベルリンに戻ってきました。   戦後直後から、フルトヴェングラー不在の間、 ベルリンフィルを守ってきたチェリビダッケとの2頭体制となりました。   ただ、ここで三者の思惑が交錯して、 なか…

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