フルトヴェングラーが、 聴衆の前で 最後に指揮したのは、 1954年9月19日と20日、 ベルリンの芸術週間という 音楽祭ででした。   プログラムが、 ベートーヴェン交響曲第1番と 自作の交響曲第2番。   オーケストラは、 首席指揮者を務めていた ベルリンフィルハーモニー。   そして、 もう一つのオーケストラ、 ウィーンフィルハーモニーとの   最後の…

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田園のスタジオ録音がされた同じ年、 1952年1月、ついにヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、 ベルリン・フィルとの契約書にサインをしました。   正式には、1934年にヒンデミット事件で抗議の辞任をして以来、 18年ぶりの首席指揮者=音楽監督に復帰したのです。   なお、フルトヴェングラーが演奏できなかった 45年から47年の功労者だった チェリビダッケへの配慮で彼のコンサー…

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日本国政府が、経済白書で、 「もはや戦後ではない」と宣言したのは、 1956年(昭和31年)のことで、敗戦から11年目の事でした。   さて、同じ敗戦国であるドイツはどうなのでしょうか? 東西で分断されていたので、 日本に比べずっと複雑であると思います。   だから、1989年のベルリンの壁崩壊と翌年の東西統一を持って、 戦後が終わったとも言えます。 政治的な意味から言えば、そ…

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フルトヴェングラーの   ベートーヴェンの名盤が続きます。   フルトヴェングラーと言えばベートーヴェンですね。     特に1947年ナチスに協力した疑いが晴れて、   戦後初めての演奏が、やはりベートーヴェンでした。   第6番“田園”と第5番でした。     特に第5番は、もう70年前の録音に関わらず、 &nbs…

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どうしてフルトヴェングラーに 魅かれてしまうんだろう。   いつも考えてしまうのです。   どうして?って。   僕が生まれる数年前、63年前の1954年11月30日に 病により帰らぬ人になりました。   68歳。   長寿の多い指揮者の中にあっては、むしろ早すぎる死でした。   一つ年上のオットー・クレンペラーなんて、 フルトヴェングラ…

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僕が初めてフルトヴェングラーの 名前を聞いた、または見たのは、 中学時代に取っていたミュージックエコーという 月刊誌上だったと思います。   誌面で、ベートーヴェンの“運命”の有名なイントロについて フルトヴェングラーとトスカニーニの違いをイラストで説明していました。   そのイラストでは、トスカニーニが、 特急列車のようにダダダダーンと行くのに フルトヴェングラーは、音符のイ…

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ムラヴィンスキー(1903-1988)は、 旧ソ連の国宝と呼ばれた人です。   旧ソ連当局にとって、 彼は目の上のたんこぶ的な存在だったそうです。   ムラヴィンスキーは、芸術をする上で妨げとなる要求は、 たとえ旧ソ連当局からであっても拒否しました。   そんなムラヴィンスキーを旧ソ連当局は、 引きずりおろそうとしましたが、   ムラヴィンスキーの偉大さは、…

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クリーヴランド管弦楽団というのは、 物凄い管弦楽団である。   ことに弦の良さは言語に絶する。 第一ヴァイオリンからコントラバスにいたるまで、 およそこれほどはっきりしていて、しかもよく響く音で、 均質化された性能をもったものは、 アメリカにもヨーロッパにもかつてなかったのではないか。   これは表面だけの艶と磨きのかけられた 「オーマンディのフィラデルフィア管弦楽団」 とはち…

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今週は、   ティントナーのレビューが続きます。   遅れてきた巨匠   ゲオルグ・ティントナーの名演を   世に紹介しないと   故ティントナーに申し訳ないとばかり、     ナクソスの   ティントナー・メモリアル・エディション第3集が、   ベートーヴェンの第4交響曲と   シューマンの第2交…

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僕は、指揮者は料理人だと思っています。   作曲が作ったレシピをオーケストラと言う材料を使って料理する。   同じ作るにも、ある人はレシピに忠実に作ろうとするし、 ある人は、レシピの中に隠された何かを考えて、独自の味付けしたりします。   そして、出来上がったお料理を食べるのが聴衆で、 その聴衆も好みがあり、辛めが好きな人、甘めが好きな人、その中間の人といろいろです。…

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