コンヴィチュニー

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コンヴィチュニー 名盤 シューマン交響曲全集より第3番&4番

フランツ・コンヴィチュニー(1901-1962)。 第二次世界大戦で荒廃した東ドイツにおいて、名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の再建など、東ドイツの音楽界復活に人生を掛けた硬骨漢です。僕の大好きな指揮者です。ただ、60歳という若さで他界したのが残念でなりません。
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ショスタコーヴィチ 交響曲第10番 コンヴィチュニーの熱演で

1945年に交響曲第9番を発表してから、ショスタコーヴィチは、8年ほど交響曲の作曲をしていませんでした。しかし、53年3月5日スターリンが亡くなると、ショスタコーヴィチは、交響曲第10番を一気に作曲しています。コンヴィチュニー&ゲヴァントハウス管は、初演から程ない54年に録音しています。
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コンヴィチュニー ブラームス交響曲第1番のライヴがカッコいい

日本の現行のオケで一番歴史のあるNHK交響楽団は、戦中最後の公演が1945年6月14日。そして戦後最初の公演が9月14日。つまり3ヵ月間コンサートが開催できませんでした。日本と同じ敗戦国だったドイツでは、ベルリンフィルが、戦中最後が45年4月16日、戦後最初が、5月28日と約1ヵ月半の中断。
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コンヴィチュニー ブルックナー交響曲選集より第5番を聴け!

第5番は、手兵のゲヴァントハウス管ということで、もっと硬質で堅固、そして完成度の高い仰ぎ見るような古風な建造物のような趣があります。この演奏からも以前からコンヴィチュニーの演奏から感じる自然さを強く訴えかけてくるのです。
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コンヴィチュニー ブルックナー交響曲選集より第4番”ロマンティック”

朝比奈さんとコンヴィチュニーの芸風は、似ています。どちらも小細工をせずに誠実に音を積み上げていきます。だからその演奏は、お世辞にも流麗で表面的な美しさはありませんが、ゴツゴツとして素朴で、そして温もりがあります。
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コンヴィチュニー ベートーヴェン”英雄”が凄い!

コンヴィチュニーは、東ドイツの名指揮者で、第二次世界大戦後、名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を再建した立役者です。惜しまれるのはその早過ぎる死。1962年にツアー中のベオグラードで倒れて帰らぬ人なりました。残されたその録音から、堅固で力強く逞しい音楽が聴こえてきます。
カラヤン

ベートーヴェン コリオラン序曲 おすすめ 7選

ベートーヴェンは、オペラ用の序曲として4曲作曲しています。「レオノーレ序曲」が第1、第2、第3の3曲に「フィデリオ序曲」。それ以外では、劇音楽用として「コリオラン」「エグモント」「アテネの廃墟」「シュテファン王」「献堂式」の5曲など合計で11曲、作曲しました。
コンヴィチュニー

コンヴィチュニー&チェコフィル シューベルト交響曲”ザ・グレート”

こんにちは。 ともやんです。 フランツ・コンヴィチュニー(1901-1962)は、戦後の混乱期の荒廃した名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターとなり、同楽団を建て直した立役者です。 しかし、惜しくも僅...
コンヴィチュニー

コンヴィチュニーの名盤 ブルックナー交響曲第7番 正統派の名演

こんにちは。 ともやんです。 ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 原典版 フランツ・コンビチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ↓ コンヴィチュニー ブルックナー:交響曲名演集 ...
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コンヴィチュニーの名盤 戦後初の来日オケの第九はゲヴァントハウス

日本で海外のプロのオーケストラが演奏したのは、 第二次大戦後の1955年(昭和30年)に来日した、 アメリカのシンフォニー・オブ・ジ・エアーでした。 このオーケストラの前身は、 ほとんどトスカニーニの専属オーケストラ...
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