こんにちは、
ともやんです。
日本国政府が、経済白書で、「もはや戦後ではない」と宣言したのは、1956年(昭和31年)のことで、敗戦から11年目の事でした。
さて、同じ敗戦国であるドイツはどうなのでしょうか?
東西で分断されていたので、日本に比べずっと複雑であると思います。
だから、1989年のベルリンの壁崩壊と翌年の東西統一を持って、戦後が終わったとも言えます。
政治的な意味から言えば、そうなるんでしょうね。
でも、民衆が感じる感覚はもっとしたたかで逞しく切り替えが早かったかもしれません。
例えば、1954年に西ドイツは、サッカーのワールドカップで優勝した時点で、戦後ではなくなったという人もいます。
一方、音楽の世界では、1951年夏に1944年以来中断していたバイロイト音楽祭が復活したのは、ひとつの節目になったのは確かだと思います。
この音楽祭に集まった音楽家の中には、ナチ政権時代にヒトラーから恩恵を受けたひとも、ただひどい目にあったというだけの人も集まってきて、その思いはすべてはもう終わったことという共通の思いがあったようです。
この音楽祭に参加した、フルトヴェングラーもカラヤンも同じ思いだったと思います。
ナチは滅びましたが、ワーグナーは不滅なのです。
フルトヴェングラー 第九 バイロイト音楽祭が引きずる怨念
復活したバイロイト音楽祭の初日、1951年7月29日の華やかな観客には、政財界の大物も多くいました。
しかし、その中には西ドイツ首相の姿はありませんでした。
それは長く続きました。西ドイツまたはドイツ首相が、バイロイト音楽祭に出席することは、日本における靖国問題と同様で、国民からは複雑な感情で観られることは必至です。
それは、誰が最初だろうかが、必ず「ヒットラー以来初めて」と言われるからで、歴代のドイツ首相はそれを避けてきました。
ところがそれが意外なところからそれが終わりました。
2003年、ヒットラーが最後に出席してから半世紀以上も経った59年目。
日本の小泉首相が、ドイツの本場のオペラが見たい、と政府専用機でドイツを歴訪し、バイロイト音楽祭も訪問しました。
日本の首相を出迎える以上、ドイツの首相が行かなければならないという大義名分が立ちます。
こうしてバイロイトの戦後は、60年近く経ってようやく終わったと言えます。
バイロイト音楽祭の復活 フルトヴェングラーの第九から
1951年7月29日、1944年を最後に中断していたバイロイト音楽祭が、フルトヴェングラーの第九によって復活しました。
ステージに立ったのが、フルトヴェングラーでした。
記録では、リハーサルを見学しようとしたカラヤンが追い出されたそうです。
なお、カラヤンは、この年から20年前の1931年、トスカニーニが初めてバイロイトで指揮した時、ザルツブルクの実家からオートバイを飛ばして、トスカニーニの「タンホイザー」のリハーサルを見学しています。
この時、同じように見学していた青年の中に、ロンドンから来ていたウォルター・レッグがいました。
二人はその時、言葉を交わしたかどうかはわかりませんが、のちに音楽家とプロデューサーという立場で一緒に仕事をするとは、想像だにしていなかったでしょう。
さて、カラヤンは、このバイロイトで8月5日初日で、ワーグナーの「指環」を指揮しています。
フルトヴェングラーは、バイロイトの初日を振ってから、ザルツブルクに移動し、8月1日と6日にモーツァルトの「魔笛」を指揮しています。
ウォルター・レッグは、カラヤンの「指環」と「マイスタージンガー」を録音して、フルトヴェングラーの第九もついでに録音していました。
つまり、フルトヴェングラーの第九は、発売する予定は当初なかったのです。
しかし後に発売されると「史上最高の第九」「二十世紀最高のレコード」などと評価される結果になったのです。
フルトヴェングラー 第九 歴史的な名演奏
ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
交響曲第9番ニ短調作品125“合唱”
Ⅰ(17:51)Allegro,ma non troppo un poco maestoso
Ⅱ(15:12)molto vivace
Ⅲ(19:32)Adagio molto e cantabile-Andante moderato-Adagio
Ⅳ(24:59)Presto-Allegro
ウィリヘルム・フルトヴェングラー指揮
バイロイト祝祭管弦楽団および合唱団
シュワルツコップ(S)、ヘンゲン(A)、ホップ(T)、エーデルマン(Bs)
1951年7月29日ライブ録音
プロデューサー:ウォルター・レッグ
この歴史的名演は何度聴いても感動します。
第二次世界大戦後、初めて再開されたバイロイト音楽祭の初日を飾った演奏です。
録音はステージにフルトヴェングラーが登場する足音から入っています。
これが颯爽としっかりとした足音で頼もしくなります。
そして彼が楽員たちに「虚無の中から聴こえてくるように」と注意して空虚五度が鳴り始めます。
第一楽章は、深く意味を持たせ、遅めのテンポで進みます。
派手な表現もなく淡々と進みますが、音一つ一つに意味がるように心に響きます。
逆に第二楽章は、ドラマティックな音の躍動がありますが、外面的にはならず常に内省的なのはフルトヴェングラーならではでしょうか。
第三楽章は、評論家・宇野功芳氏の文章を引用します。
第三楽章は冒頭の木管の憧れのようなテヌートといい、弦の対旋律を生かしたバランスといい、出だしからすばらしい精神美の世界だ。
全体としてテンポは遅いが、その渋い表現の中で十二分にメロディーを歌っており、哲学的な深みにおいては一番であろう。第二主題では打ち震えるような人なつっこいヴィブラートをいっぱい掛けて、温かい人間味を見せるのである。
終楽章は、フルトヴェングラーの雄弁な表現力が自由に羽ばたくように縦横無尽に進行し、最後の猛烈なプレスティッシモに突入して行くのです。
実際にこの場にいたら息も止まるような感動に打ち震えたことでしょう。