こんにちは、
ともやんです。
ドイツの名指揮者ハンス・シュミット=イッセルシュテット(1900-1973)によるドイツ語のヘンデルのメサイアを聴きました。
イッセルシュテットは、戦後ナチと関係がなかったということで、連合軍側からハンブルクにラジオ局をつくるのでそこのオーケストラを作って欲しいと依頼を受け、奔走の末、北ドイツ放送交響楽団(現NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)を創設し、世界有数のオーケストラに育て上げました。
イッセルシュテットの演奏は、質実剛健にして伸びやかさと大らかさを併せ持つ演奏で、筆者のお気に入りの指揮者の一人です。
イッセルシュテット ヘンデル メサイア ライブ
メサイアの演奏スタイルは、現在では、小編成の古楽器のよる、清澄で透明なハーモニーを楽しむものを主流です。
だからシュミット-イッセルシュテットの53年の録音は、重厚にして壮麗で、今聞くと、古さを感じさせますが、では感銘を受けないかと言うとそんなことはありません。
この録音は、もしかして一夜限りの放送用コンサートのようですが、一期一会の真摯さと気迫のこもった演奏はとても感動的です。
特に最後のアーメンは、芝居気たっぷりですが、それが嫌味ではなく、シュミット-イッセルシュテットの誠実な棒の下とても感動的に締めくくります。
イッセルシュテット 名盤 ヘンデル メサイア
ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル(1685-1759)
オラトリオ「メサイア」HWV.56
ハンス・シュミット-イッセルシュテット指揮
ケルン放送交響楽団
NWDR合唱団(ハンブルク、ケルン)
アニー・シュレム(Anny Schlemm)(ソプラノ)
ロア・フィッシャー(Lore Fisher)(アルト)
ルドルフ・ショック(Rudolf Schock)(テノール)
クルト・ベーメ(Kurt Bohme)(バス)
録音1953年12月6日
イッセルシュテット・コレクション ハンス・シュミット=イッセルシュテット
バッハの「マタイ受難曲」以上に演奏機会の多い「メサイア」は、聖書の言葉でもとづく宗教的オラトリオの傑作です。
全曲は予言、受難、復活の三部から成り、コーラスと美しいアリアが交互に現われ、チャールズ・ジェネンスによるテキストを音楽化して行きます。
その音楽は、バッハに比べるとはるかに平明で親しみやすいです。
僕は、この曲が大好きで、何枚もCDを持っています。自分も合唱団に入って、2001年にバスパートの一員としてコンサートで歌いました。
その時の感動はいまでも思い出しては、心に震えるような感動が蘇ります。
まとめ
もし僕が映画製作者だったら、ぜひシュミット-イッセルシュテットをモデルとして映画を作りたいと思います。
ストーリーを簡単に書くと、敗戦直後の荒れ果てたドイツ・ハンブルク。
シュミット-イッセルシュテット(以下ハンス)も職を失い、田舎に疎開している。
そこに占領軍から二人のイギリス人将校が、ハンスを訪ねて来る。
戦犯として逮捕されるのか?
身構えるハンス。
しかし二人の申し出は意外なものだった。
ドイツの復興のために力を貸してほしいというものだった。
ラジオ局を創って、荒廃したドイツ人の心を癒し励ますためにオーケストラを創設したい。
しかも生反感なオーケストラではない、コンセウルトヘボウ管、ボストン響にも負けないオーケストラだ。
ハンスは戦前、ベルリンのドイツオペラの音楽監督に迎えられたほどの男だ。しかも当時まだ45歳。
ハンスはその申し出を快諾し、ドイツ復興という使命感を秘めて、夢に向かって走り出す。
捕虜収容所を回って、演奏者を募集したり、探し出したりして厳しいオーデションを繰り返し、楽団員を集める日々。
そしてなんと45年11月には最初のコンサートを開くまでになった。
指揮はもちろんハンス・シュミット-イッセルシュテット。
オーケストラは北ドイツ放送響。
このオーケストラはその後世界一流と認められるまでになりますが、それがドイツ復興と重なります。
半生をオーケストラの創設と成長を通してドイツ復興に貢献した
好漢ハンス・シュミット-イッセルシュテットをモデルにした映画を創りたいなと思ってしまいます。
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