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ジュリーニ 名盤 ベートーヴェン 交響曲第7番

こんにちは、
ともやんです。

イタリア出身の巨匠カルロ・マリア・ジュリーニは1914年5月9日生まれ。
2005年6月14日に91歳で死去。

生まれはアドリア海に面したイタリア東南部のバルレッタでしたが、少年時代をドイツ語圏のボルツァーノで過ごしたのでネイティブのドイツ語を話したそうです。

だからドイツ=オーストリア圏の作曲家の作品を多く取り上げ得意としていたのも頷けるし、他のイタリア人指揮者に比べ質実剛健は印象を受けるのはそんなことも影響しているのでしょうか?

今日は、誕生日にちなんで1971年に当時首席客演指揮者を務めていたシカゴ交響楽団とのベートーヴェン交響曲第7番を聴きました。

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ジュリーニ 人柄

カルロ・マリア・ジュリーニは、サンタ・チェチリーア音楽院でヴィオラと作曲を学び、サンタ・チェチーリア国立アカデミア管弦楽団のヴィオラ奏者として音楽活動を始めています。

その時には、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラー、エーリヒ・クライバーなどの指揮で演奏しています。

1950年には新設されたミラノ放送管弦楽団の音楽監督となり翌年ベルガモで初めて歌劇『椿姫』を指揮し、トスカニーニやデ・サバータに注目され、52年にはスカラ座デビューを果たし、デ・サバータの死去に伴い、音楽監督に就任し、3年間務めました。

しかし、元々完璧主義者で一途に音楽を追求するタイプだったことから、歌劇の公演に費やす時間と心労を考え、劇場での指揮活動を止め、コンサート指揮者に専念するようになりました。

68年にはシカゴ交響楽団の首席客演指揮者となり、ウィーン交響楽団(1973~76)の首席指揮者を経て、78年から名門ロサンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団の音楽監督に就任。

6期務めた後夫人の病気を理由に辞任しました。
その後は、限られてオーケストラへの客演を中心に活動し、1998年に指揮活動から引退し、ミラノで余生を過ごしました。

ジュリーニの人柄は、陽気で華やかなイタリア人のイメージとは違い、落ち着いた紳士という印象です。

僕の持つ資料『世界の指揮者 名盤866』でも、トスカニーニやデ・サバータとは違った気質を持ち、柔和さや優雅さを身につけて上品な紳士で、演奏者に霊感を与えた指揮者だった、記されています。

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ジュリーニ ベートーヴェン交響曲第7番

ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団による、ベートーヴェンの交響曲第7番は、以前にもコメントしていますが、今回改めて聴いてその低弦の内声部の充実度に感嘆しました。

中庸からやや遅めのテンポによる、安定度抜群の演奏は、やはり特にチェロ、コントラバスによる内声部を充実度とその部分に耳を傾けるとそれだけでも面白く聴けるということです。

これはやはりショルティが音楽監督に就任して3年目のシカゴ響の充実ぶりも感じます。

このシカゴ響とのベートーヴェンの交響曲第7番は、ジュリーニの優美さとシカゴ響の機能美が高度にマッチングした名演です。

ぜひ聴きたい録音です。

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ジュリーニ ベートーヴェン 交響曲第7番

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第7番 イ長調 Op. 92
Symphony No. 7 in A Major, Op. 92

1.(15:08) I. Poco sostenuto – Vivace
2.(09:34) II. Allegretto
3.(08:14) III. Presto, assai meno presto
4.(07:31) IV. Allegro con brio
total(40:27)

シカゴ交響楽団 – Chicago Symphony Orchestra
カルロ・マリア・ジュリーニ – Carlo Maria Giulini (指揮)
録音:1971年3月シカゴ、メディナ・テンプル

ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92 カルロ・マリア・ジュリーニ シカゴ交響楽団

ジュリーニが1971年に録音したベートーヴェンの交響曲第7番。シカゴ交響楽団の合奏能力の高さをフルに活かした見事な様式美を構築。イタリア出身の彼らしい、“ドイツ系”とは異なる魅力を味わうことができる。(CDジャーナルより)



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