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クレンペラーの名盤 幻想交響曲 冷徹な視点で描く異彩を放つ名演

クレンペラー

こんにちは。

ともやんです。

 

ルイ・エクトール・ベルリオーズ(1803-1869)は、

1803年12月11日にサン=タンドレに生まれました。

 

12歳の時、フルートやクラリネットを演奏し、作曲を始めました。

 

17歳では、彼は父の命に従って医学を学びましたが、

医学は彼の心を楽しませることはありませんでした。

 

23歳でやっと父の許しを得てパリ音楽院に入学。

 

1928年、受験して二等賞を得ましたが、

翌年、歌曲「クレオパトラ」を作曲、これによって1830年ローマ大賞の一等賞を獲得し、

イタリアへ遊学する資格を得ました。

 

傑作、幻想交響曲は、1830年に作曲されましたが、

これは女優スミスソンとの恋愛の果てに作り上げたものでした。

 

参照文献:「名曲事典」属啓成(さっかけいせい)著、音楽之友社、

「クラシック名盤 この1枚」中野健、他著、光文社・知恵の森文庫

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クレンペラーの名盤 ベルリオーズ 幻想交響曲

 

ルイ・エクトール・ベルリオーズ(1803-1869)
幻想交響曲 ハ長調 作品14

Ⅰ(16:17)夢-情熱 Reveries-Passions
静かな夢心地の旋律で始まり、やがて、かき乱すような曲調と情熱の表現が続く

 

Ⅱ(06:41)舞踏会 Un bal
うっとりとしたワルツの間を恋の歌が抒情的に織り込まれてゆく

 

Ⅲ(18:10)野の風景 Scene aux supplice
夏の田舎の夕暮れ、青年は二人の牧童が吹く牧歌をきく、さわやかに渡る風、穏やかな野辺の風景。

それらは乱れた彼の心にかつておぼえたことのない静けさを与え、濁った彼の頭を明るくする。

 

Ⅳ(05:06)断頭台への行進曲 Marche au supplice
彼は夢の中で恋人を殺す。死刑の宣告。死の行進曲に合わせて刑場に曳かれる青年の姿。

 

Ⅴ(10:49)悪魔会議の夜の夢 Songe d’une nuit du Sabbat
気が付いて見ると、恐ろしい悪魔の群の中にいる。

あらゆる種類の幽霊や化物が騒音を立て、唸り、怪笑し、叫ぶ。

 

エクトル・ベルリオーズ – Hector Berlioz (1803-1869)
幻想交響曲 Op. 14
Symphonie fantastique, Op. 14

1.(16:17) I. Reveries: Largo – Passions: Allegro agitato e appassionato assai
2.(06:41) II. Un Bal (Valse): Allegro non troppo
3.(18:10) III. Scene aux Champs: Adagio
4.(05:06) IV. Marche au Supplice: Allegretto non troppo
5.(10:49) V. Songe d’une Nuit du Sabbat: Larghetto – Allegro
total(57:03)

フィルハーモニア管弦楽団 – Philharmonia Orchestra
オットー・クレンペラー – Otto Klemperer (指揮)
Recorded: 23-26, IV, 17 & 18,IX. 1963, Kings Way Hall, London

 

【SACDハイブリッド】 ベルリオーズ: 幻想交響曲<タワーレコード限定>

 

クレンペラーはこの”幻想交響曲”を実演でも多く取り上げており、特に戦前は多く演奏していたようです。しかし戦後は機会に恵まれず、この1963年の録音のきっかけとなったのは、1962年5月に行った久しぶりの公演での成功を受けてのことでした。独特な演奏はかえってクレンペラーそのものを現したかのようで、足取りの重いテンポのなかで、隅々まで見通せるかのような透徹した響きと、各楽器のバランスやベルリオーズ独特のオーケストレーションを分解し再構築したかのような構成により、徹底的なまでにドライに描かれています。起伏は平坦では決してなく、時には強烈な迫力がある様も圧巻。ファンが多いのも頷ける演奏です。今回のSACD化により、その冷徹なまでの響きが従来以上に再現されており、さらに一歩踏み込んだクレンペラーの音楽の神髄を聴き手は感じさせられるでしょう。尚、今回もクレンペラー企画の第1弾(モーツァルト2作品)と同様に、現代のクレンペラー解釈の第一人者による新規解説を掲載しました。

 

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ベルリオーズは、狂おしい情愛の念を持った人でした。

現代だと、ストーカー呼ばわれされかねいない、

いやそのものだった可能性もあるようで、

25歳の時に当代随一の人気女優スミスソンに対する感情もそのようなものでした。

 

でもその情熱を作曲に向けたのですから、そこが並みに人とは違った天才です。

 

ベルリオーズは、彼女の舞台には常に押し掛け、

その熱い思いを手紙にしたためて渡したと言います。

 

しかし3歳年上の人気女優は、

若い無名の貧しき作曲家には目もくれません。

 

ベルリオーズは、その失恋の痛手で、

雪のパリの夜の街を彷徨い歩き、

友人のリストやショパンが心配して、

一晩中探し回るというエピソードもあったそうです。

 

この時のベルリオーズは、

報われぬ思いからスミスソンに憎悪の感情まで持つようになり、

その感情が幻想交響曲の作曲の糧となったわけでそこが凄い人でした。

 

この時から数年後、

パリでベルリオーズの演奏会にたまたま訪れたハリエット・スミスソンは、

その時演奏された幻想交響曲が、なんと自分がモチーフになっていることを知り、

痛く感動して、そこから二人の交際が始まり、1833年に結婚しました。

 

しかし、一児を設けましたが、結婚生活は幸せなものではなく、

40年頃には別居状態だったようです。

 

さて、人気曲だけあったCDはたくさん出ています。

 

しかし、妖しい情念を題材にした曲にしては、バカ騒ぎ的な演奏が多く、
評判の高い、ミュンシュ指揮パリ管の演奏もその系統です。

 

その中で唯一、冷徹にこの曲を描いたのがクレンペラーです。

 

第4楽章や第5楽章など、どの指揮者も熱を帯びる部分でも、
クレンペラーは冷静に進めていきます。

 

この曲を愛する人には、ぜひ聴いて頂きた名盤です。

 

なお、面白いのが、第1楽章の10:57にスコアをめくる音?が捉えられていて、
不思議な気がします。

 



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