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バーンスタイン 命日に聴く ベスト・オブ・バーンスタイン

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こんにちは、
ともやんです。

1990年10月14日現地時間午前6時15分にレナード・バーンスタインは、自宅で医師の治療を受けている間に、心臓麻痺で死去した。72歳だった。

僕は、新聞でその訃報を知った。
信じられなかった。
少し前に写真報道誌で、70歳の誕生日パーティーではしゃいでいる写真を観たばかりだった。また、同年夏に札幌で行われたPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)で、若者相手にシューマンの交響曲第2番のリハーサルをしている光景もTV映像で観ていた。

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バーンスタイン 最後のコンサート

ただいやな予感はしていた。なんか顔立ちが湯ばあばみたいに見えた。
これはその後、指揮者岩城宏之氏のコメントでもあったので、そう思った人は多かったのかもしれない。岩城氏などは魔女かと思ったと正直にコメントしていた。

前年に癌であることがわかりその治療のせいだったのだろう。
でも本人は、自分が教育者として提唱した教育音楽祭PMFに出ることを優先したのだ。

その後、東京になんとかコンサートを指揮したが、その後動けなくなり限界を感じ、その後の大阪、京都でのコンサートをキャンセルして帰国。

帰国後は生涯出演を続けたタングルウッド音楽祭で学生たちを指導し、1990年8月19日にボストン響を指揮したコンサートが生涯最後のものとなった。

最後のプログラム、ベートーヴェンの交響曲第7番は立っているのがやっとだったが、存在そのもので、オーケストラを指揮して感動的な演奏を行った。

ただ、このコンサートが最後とは本人もボストン響メンバーも観客も誰も思っていたなかったと思う。

ニューヨークに戻ってからは治療に専念するこになった。

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バーンスタインの平和運動

バーンスタインはその音楽家としての知名度を利用して、平和運動などの社会活動を積極的に行った人であった。

彼の両親は、当時ロシア領だったウクライナ出身のユダヤ系だった。父親のサミュエルは、当時のロシア帝国下でウクライナに生まれ、裕福ではない生活から抜け出すため、10代で故郷を離れ、ポーランド、イギリスを経てニューヨークにたどり着いた移民だった。

同じようなロシア移民の母親と知り合い結婚し、レナード・バーンスタインが生まれた。
バーンスタインは、ピアノも本業顔負けだし作曲家としても一流だったが、両親はじめ家族には音楽家はおらず、10歳になって偶然弾いたピアノで才能を発揮しだそうで、幼少期から学んでおらずいきなり天才少年となったようだ。

また両親は音楽家になることは反対だったようで、その後もいきなりスターダムにのし上がった人でもなかった。25歳の時、ニューヨーク・フィルのアシスタント指揮者時代、ブルーノ・ワルターの代役でいきなり公開放送の場でセンセーションな成功を収めているが、結局ニューヨーク・フィルの音楽監督になるまでそこから14,5年掛かっている。

さて、バーンスタインの偉大なのは、時の政権におもねることなく機会があれば、核軍縮、世界平和、人種差別撤廃、アムネスティ―・インターナショナル、エイズ研究などに発言を続けたことだ。また世界中のオーケストラに客演し、その度にそこの大統領や首相を面談しそれならの問題について語ったそうだ。

また、1985年8月6日に原爆投下から40年目の広島で演奏会を開き、アメリカのテレビ局のインタビューに「戦争は不要であり、核兵器などというナンセンスなものは全て廃絶すべきであるという賢明な認識を、この演奏会によって少しでも広げることができればと思っている」と語っていた。

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べスト・オブ・レナード・バーンスタイン

さて、バーンスタインの名盤というと、たくさんあり過ぎて紹介しきれない。
ということで、安直ですが「ベスト・オブ・レナード・バーンスタイン」というアルバムがある。

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ソニークラシカルに残してニューヨーク・フィルとの名演の録音からです。
CD1がクラシックの名曲から、CD2が、自作自演の録音を収録している。

僕は、当初ヨーロッパで活躍し出した70代以降を中心に聴いていましたが、最近はニューヨーク・フィル時代の演奏に非常に心を躍らされる。
バーンスタインに馴染みがない人にはもちろん、ニューヨーク・フィル時代を再認識した方にもおすすめのアルバム。

<CD1>
1. メンデルスゾーン:交響曲第4番イ長調Op.90『イタリア』~第1楽章
2. モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453~第3楽章
3. マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調~第4楽章
4. ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調Op.55『英雄』~第4楽章
5. ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98~第3楽章
6. ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.19~第3楽章
7. コープランド:アパラチアの春
8. ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調Op.47~第4楽章
9. ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー

<CD2>
バーンスタイン作曲
1. 『キャンディード』序曲、
2. 『オン・ザ・タウン』~タイムズ・スクエア、
3. 『ウエストサイド・ストーリー』~「マリア」「トゥナイト」「アメリカ」、
4. 『キャンディード』~「Make Our Garden Grow(僕らの畑を耕そう)」、
5. ヴァイオリン独奏、弦楽、ハープと打楽器のためのセレナード(プラトンの『饗宴』による)~第4楽章、
6. 『ミサ』~「交唱」「賛美歌と詩篇(シンプル・ソング)」「第1の瞑想」、
7. 交響曲第2番『不安の時代』~「7つの段階」、
8. 『タヒチの騒動』前奏曲、
9. 『ファンシー・フリー』~3つのヴァリエーション、
10.『プレリュード、フーガとリフ』~リフ、
11.『ウエストサイド・ストーリー』~シンフォニック・ダンス、
12.『オン・ザ・タウン』~ロンリー・タウン、
13.『ペンシルヴェニア通り1600番地』~「ホワイトハウスに気をつけろ」

べスト・オブ・レナード・バーンスタイン

バーンスタイン生誕100年記念リリース。この2枚組でバーンスタインを手軽に満喫!

ピアニスト、指揮者、作曲家のいずれであろうと、バーンスタインは音楽の世界の色を変えました。

愛称「レニー」は、オン・ザ・タウンによってブロードウェイで初めての素晴らしい成功を収め、ウエストサイド・ストーリーは、世界的なヒットとなりました。

音楽ジャンルの境界線を破り輝く指揮者となり、世界中の観衆を驚かせました。彼が登場する場所は、彼は愛情と賞賛に歓迎され、魅力的で音楽的な天才といえるでしょう。

2018年に生誕100年をむかえるレナード・バーンスタイン。そのバーンスタインにスポットを当てたベスト盤です。

バーンスタインがソニー・クラシカルに残した、クラシック作品の名盤をDisc1に、自作自演を中心とした録音をDisc2に収録し、彼の躍動感あふれる音楽をお聴きいただけます。
ソニー・ミュージック



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