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第九の名盤 史上最少のオーケストラ 奏者たちの妙技を聴け!

ベートーヴェン
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第九の初演は1824年5月7日、

ウィーンのケルントナートーア劇場で行われました。

 

記録によれば、その時の管弦楽の人数は、

なんと通常の倍の人数が参加しています。

これは作曲者ベートーヴェン自身の要望でした。

 

ヴァイオリンが24名、ヴィオラが10名、

チェロとコントラバスがそれぞれ12名、
管楽器も、弦楽器に合わせて通常の倍。

 

当然劇場のオーケストラメンバーでは足りず、

楽友協会に協力を求め、アマチュア演奏家も加わるほどでした。

 

つまり、小人数の古楽器奏者で

ベートーヴェン時代の響きを再現するというのは、

ある意味正しいのですが、

ある意味、ベートーヴェンの意図とは違うということです。

 

ベートーヴェンは、この第九の演奏には、

フルオーケストラを超えた、大人数の奏者を必要と考えていたようです。

 




第九の名盤 史上最少のオーケストラによるベートーヴェン

 

その作曲者ベートーヴェンの希望に真逆のアプローチをしたのが、

ペーター・シュタンゲル指揮のタッシェン・フィルハーモニーです。

 

通称“ポケット・フィル”と呼ばれるくらいで、

曲に応じて12名から20名の奏者で演奏します。

 

指揮者のペーター・シュタンゲル

 

 

小人数だけに奏者は、みんな手練れが揃っていて、

第九の第三楽章などは、弦楽四重奏を聴いているような錯覚に陥ります。

 

演奏時間も1時間を切るキレのあるテンポで、

きびきびした演奏はフレッシュそのものです。

 

これはこれで楽しめますし、合唱の人数も少ないので

各パートのメロディラインもよく聴き取れるので

歌ったことがある人にはより楽しめる演奏です。

 



第九の名盤 史上最少オーケストラ、ポケット・フィルの妙技を聴け!

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 Op. 125
Symphony No. 9 in D Minor, Op. 125, “Choral”
作詞 : フリードリヒ・フォン・シラー – Friedrich von Schiller

 

1.(14:05)I. Allegro ma non troppo, un poco maestoso
2.(09:07)II. Molto vivace
3.(12:01)III. Adagio molto e cantabile – Andante moderato
4.(22:21)IV. Finale: Presto
tatal(57:34)

 

タッシェン・フィルハーモニー – Taschenphilharmonie, Die
ペーター・シュタンゲル – Peter Stangel (指揮)
アンドレア・ローレン・ブラウン(ソプラノ)
ウルリケ・マロッタ(メゾ・ソプラノ)
マルクス・シェーファー(テノール)
ベルンハルト・シュプリングラー(バス)

録音: 4-5 June 2016, Munich, Germany
2016年6月4.5日 ライブ録音

 

 

『ベートーヴェン:交響曲全集』タッシェン・フィルハーモニー

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レビュアー: CD帯紹介文 投稿日:2018/01/01
《史上最少のオーケストラ》タッシェン・フィルハーモニーのベートーヴェン交響曲全集。最初に7番がリリースされた際には大きな話題となった演奏が遂に全集盤で登場します。「ポケット・フィル」とも呼ばれるタッシェン・フィルは12名から20名の腕利き奏者たちによるアンサンブル。世界中から集まったメンバーの中には日本人のオーボエ奏者、町田秀樹さんも含まれます。彼らは「ベートーヴェンの交響曲」が後世の作曲家たちに与えた影響を探りながら、作品の存在意義と、ベートーヴェン自身の音楽語法を、最小限の音で表現していきます。大オーケストラでは成し得ない透明で繊細な響きと、奏者たちの妙技をじっくりお楽しみください。

 

 

 

第九のリストによるピアノ編曲にまつわる逸話

 

ベートーヴェンは、初演を大オーケストラで臨みましたが、
19世紀は、いちいちフルオーケストラで演奏することも簡単ではなかったので、

ピアノ用に編曲した楽譜も一緒に出版されることが多かったようです。

 

リストも自分で編曲したベートーヴェンの交響曲全曲のピアノ版を出版しています。

 

実は、リスト編曲の「第九」には逸話があります。

 

1955年5月7日。
この日は、ヨハネス・ブラームスの22歳の誕生日でした。

 

このブラームスの誕生日を祝うということでプライベートな演奏会が開かれました。

図らずも、ブラームスの誕生日は、第九の初演の日と同じ5月7日でした。

 

リスト編曲の「第九」を弾いたのが、

なんと音楽史上、男女関係の謎と言われるお二人、
ヨハネス・ブラームスとクララ・シューマンでした。

 

当時ブラームス22歳、クララ36歳。

クララは当時人気ピアニストとして

演奏旅行の日程が詰まるほどの売れっ子でした。

 

※画像はイメージです。

 

ブラームスの両親は、母親が17歳も年上だったことから、

彼自身も年上好みだった可能性が高いですし、

当時36歳のクララは、妙齢の美女でした。

 

この二人が連弾で、リスト編曲の「第九」を弾いたのです。

しかもクララの夫シューマンは、前年にライン川に投身自殺を図り、

一命は取り留めましたが、この時病床にありました。

 

誰が見ても、22歳の将来有望な青年と

妙齢の美女になにかあると思ってしまいます。

 

事実、翌年にシューマンが亡くなりましたが、

その後ブラームスは、クララと遺児たちに対して献身的な支えをしていきます。

 

その付き合いは、1896年5月20日にクララが亡くなるまで続きました。

そしてブラームスも1年も経たない翌97年4月に生涯を閉じたのでした。

 

二人に男女の仲があったのかなかったのか、音楽史上永遠の謎です。

 



まとめ

 

古楽器による演奏が出てきてから、

ベートーヴェンの演奏は、いろんな角度から楽しめるようになり、

クラシックファンにとっては、幸せな時代に生まれました。

 

50年前に初めて、カラヤン指揮フィルハーモニア管の第五交響曲に接してから、

こんなに演奏スタイルのバリエーションが増えるとは思ってもいませんでした。

 

しかも、ベートーヴェン自身は、

フルオーケストラを希望していたという記録も僕にとっては新鮮でした。

この第九のまつわる資料調べにとても楽しいものになってきました。




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