モーツァルト生誕270年、レクイエムを歌い聴く1月27日

モーツァルト
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こんにちは、
ともやんです。

1月27日は、モーツァルトの誕生日

1756年1月27日、ザルツブルク生まれ。ということは、今年で生誕270年になるわけです。クラシック音楽を聴き続けていると、こうした節目の日がふと身近に感じられるから不思議です。

カレンダーの数字以上に、「ああ、今日はモーツァルトの日だな」と、自然と気持ちが音楽のほうへ引き寄せられていきます。

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モーツァルトの生誕地で歌うレクイエム

そんなタイミングで、いま私はモーツァルトの《レクイエム》を歌うための練習に取り組んでいます。

目標は5月27日のザルツブルクでの公演

ザルツブルクでの公演ですから、モーツァルトの生まれた土地や空気に思いを馳せながらの練習です。

譜面を開くたびに、未完のままこの世を去った作曲家の姿が、どうしても頭をよぎります。

レクエイム書法は簡素だけど

技術的なことだけを言えば、この《レクイエム》は、バッハの《マタイ受難曲》や《ロ短調ミサ》、あるいはベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》と比べると、決して難解な作品ではありません。

現在こちらも5月公演を目指して練習しているヘンデルの《メサイア》と比べても、構造的にはずっとシンプルです。

まず、音符の数が少ない。書法も簡素で、全体にすっきりしている

合唱としては、比較的取り組みやすい部類に入るのかもしれません。

歌うとわかるその素晴らしさ

けれども、実際に歌ってみると、その「簡素さ」がまったく油断ならないことに気づかされます。

「え、そこでその音が来るのか?」
そんな驚きが、何度も何度も訪れるのです。

とりわけソプラノの旋律の動きには、思わず身震いする瞬間があります。
ごく自然に聴こえるのに、実際に歌うと、そこに至るまでの緊張感がすさまじい。
そして、ベースの一音一音の置き方。

これがもう、理屈を超えた“センス”の塊のようで、音を支える側に回ると、その重みと意味がよくわかります。
派手さはないのに、すべてが必然。まさに「たまらない」としか言いようがありません。

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バーンスタイン晩年の慟哭のレクイエム

近年の演奏では、古楽器スタイルの小編成による、透明で澄んだ響きの《レクイエム》が主流になっています。

それはそれで、作品の構造がよく見え、非常に説得力があります。

けれど、いま私が聴いているのは、その対極とも言える演奏。
バーンスタインが晩年、1988年にバイエルン放送交響楽団ほかと残した録音です。

バーンスタインのレクエイムの感想

遅い。
重い。
感情的。
場合によっては、かなりグロテスクですらある。

音楽というより、文学作品、あるいは人間の内面をえぐる告白文のような世界。

世間的には「キワモノ」として語られることも多い演奏ですが、いまの私には、このレクイエムにここまで感情をぶち込んだ演奏は、他にないのではないかと思えてなりません

生と死、祈りと恐怖、救済への渇望。

モーツァルトがこの世に遺した最後の問いかけに、バーンスタインが全身で応えた記録。

270年後の誕生日に、そんな演奏を聴きながらレクイエムを練習しているというのも、なかなか因縁めいた話だな、と思っています。

バーンスタイン

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト – Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)
レクイエム ニ短調 K. 626 (F. バイヤーによる補筆完成版)
Requiem in D Minor, K. 626 (completed by F. Beyer)
演奏時間58:47

作詞 : ミサ典礼文 – Mass Text
編曲 : フランツ・バイヤー – Franz Beyer
マリー・マクローリン – Marie McLaughlin (ソプラノ)
マリア・ユーイング – Maria Ewing (アルト)
ジェリー・ハドリー – Jerry Hadley (テノール)
コルネリウス・ハウプトマン – Cornelius Hauptmann (バス)
バイエルン放送合唱団 – Bavarian Radio Chorus
バイエルン放送交響楽団 – Bavarian Radio Symphony Orchestra
レナード・バーンスタイン – Leonard Bernstein (指揮)

バーンスタイン/モーツァルトのレクイエム

バーンスタインの愛妻で女優であったフェリシア・モンテアレグレの没後10年に捧げられた演奏で、彼のモーツァルトのレクイエムの唯一の録音です。従来のジュスマイヤー版ではなく、書法・技術的なミスをクリアしたといわれるバイヤー版を使用しています。感情を込めた教会におけるライヴ演奏で、奥深い濃厚な表現により、厳粛で壮麗な響きを聴かせています。
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最後に

モーツァルトのレクイエムは、音楽史上の三大レクイエムの一つと言われることがよくあります。

三大レクイエムとは、数ある死者のためのミサ曲(鎮魂曲)の中でも、特に有名で芸術的価値が高いとされるモーツァルト、ヴェルディ、フォーレの3つの名曲を指します。

劇的で劇場の響きを持つヴェルディ、古典的で崇高なモーツァルト、穏やかで癒やしの要素が強いフォーレの3作が、それぞれ異なる魅力で音楽史に燦然と輝いています。

僕は敬愛していた評論家の故宇野功芳氏は、著書の中で、モーツァルトのレクイエムは、未完だからヴェルディには及ばないと記していました。
ただ、劇的なヴェルディだと死者もびっくりして起きてしまうだろう、とも書いていました。

僕自身は、やはりモーツァルトが好きです。
ヴェルディも素晴らしいけど、なんかオペラチックですね。
一方、フォーレはほとんど聴いていないで、今後の楽しみですね。

モーツァルトの270回目の誕生日を記念してしばらくモーツァルトの作品をこのブログでもしっかり取り上げていきたいと思います。



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