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ガーシュウィン 誕生日に聴く プレヴィンの名演

ガーシュウィン
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こんにちは、
ともやんです。

ジョージ・ガーシュウィンは、1898年9月26日ニューヨークのブルックリン生まれ。
僕が持つ『名曲事典』属啓成(さっか けいせい)監修 音楽之友社には、ガーシュウィンについて次のように書かれている。

“ガーシュウィンの音楽が音楽史の上に意義をもつ理由は、芸術的な音楽の立場から民族的なジャズ要素を加えたのではなく、ジャズそのものを芸術的な水準に高めたところにある。”
この意見に対してジャズマニアは、反対意見もあると思う。
しかし、ガーシュウィンは、民族音楽的見地から、チェコのスメタナ、ハンガリーのバルトークと並び称されるが、多くの民族的作曲家が古典的音楽から民族的な部分に切り込んでいったのに対して、ガーシュウィンは逆に新しい音楽から切り拓ていったところが素晴らしいと思う。
ただ残念ながら脳腫瘍のため38歳の若さで亡くなったのが惜しまれる。

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アンドレ・プレヴィンのガーシュウィン

プレヴィンは、ユダヤ系のドイツ人として1929年ベルリンに生まれている。ただ幼い頃にナチスが政権を取ったことで、1938年に家族と出国しアメリカに渡り、ここで成長した。20代の頃は、ミュージカルの作曲、編曲など行い、ジャズ・ピアニストとして活動もしている。
音楽家にユダヤ系が多いのは、ピアノやヴァイオリンが弾ければ、どこに行っても仕事があるということのようだ。また数学や物理学の分野でも有能な人を輩出しているのは、この分野はグローバルだからだろう。
漫画家・画家のヤマザキマリさんの息子は、親が世界各地を渡り歩いたものだから、国際転校を繰り返したそうだ。例えばポルトガルからアメリカに行くと国語も歴史も全く違ったものになり大変極まる、そこでグローバルな数学を専攻しまた子供頃からチェロをやっていたので、どこに行っても仲間がいて助かったということをマリさんが語っていた。

つまりグローバルな人間に育てるには、子供には数学などの理系分野と楽器(しかも持ち運べる)を学ばせるといいかもしれませんね。

さて、プレヴィンもそんなグローバルに人間に育ったので、しかも音楽の分野にも境を設けず、名指揮者モントゥーに師事したりしている。

そんなプレヴィンの弾き振りによるガーシュウィンの作品が悪いはずがない。
聴いているだけでわくわくしてきて知らない間が身体が動いている。

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アンドレ・プレヴィン 三回忌に聴く ラプソディー・ブルー

こちらも読んでみてください。

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アンドレ・プレヴィン ガーシュウィン 名曲集

ジョージ・ガーシュウィン – George Gershwin (1898-1937)
ラプソディ・イン・ブルー
1.(13:54) Rhapsody in Blue

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パリのアメリカ人
An American in Paris

2.(07:32) Allegretto grazioso
3.(10:30) Andante ma con ritmo deciso
total(18:02)

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ピアノ協奏曲 ヘ調
Piano Concerto in F Major

4.(12:56) I. Allegro moderato – Cantabile – Poco meno scherzando
5.(12:14) II. Andante con moto
6.(06:45) III. Allegro con brio
total(31:55)

アンドレ・プレヴィン – Andre Previn (ピアノ)
ピッツバーグ交響楽団 – Pittsburgh Symphony Orchestra
アンドレ・プレヴィン – Andre Previn (指揮)

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー パリのアメリカ人/ピアノ協奏曲ヘ調 アンドレ・プレヴィン

“クラシック銘盤ベスト1200″シリーズ。指揮者/ピアニスト、また作曲家としても活躍するクラシック界の重鎮、アンドレ・プレヴィン。若いころにはMGMの音楽監督としてミュージカルの作曲/編曲/指揮に、またアメリカ・ウエストコーストではジャズ・ピアニストとして多大な人気を博していた。

ここに聴く、プレヴィン壮年期に手兵ピッツバーグ交響楽団と録音した粋で躍動感あふれるガーシュウィンの弾き振りは、まさに彼のお家芸といえるもの。ガーシュウィンの楽しさを満喫させてくれる決定盤。1984年録音。



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