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フリッツ・ライナー 名盤 シカゴ響とのR・シュトラウスが凄い

こんにちは、
ともやんです。

フリッツ・ライナー(1888-1963)と言えば、1950年代から亡くなる60年代前半まで、シカゴ交響楽団の黄金時代を築いた人として有名です。

僕ももちろんその名前は、クラシック音楽に親しみだした50年も前から知っています。
では、聴いたかというと全くと言っていいほど聴いていません。

ひとつは他に聴きたい音楽家がたくさんいたのと、あえて聴きたいという衝動には駆られなかったからです。

しかし、今日が命日(1963年11月15日ニューヨークで急逝)ということで、シカゴ響とのリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」と「英雄の生涯」を聴きました。これが凄いです。

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ライナー シカゴ交響楽団 黄金時代

フリッツ・ライナーが、シカゴ交響楽団の音楽監督に就任したのが1953年のこと。
それから亡くなる63年までのその地位にいてシカゴ交響楽団の第1期黄金時代を築きました。

さて、シカゴ交響楽団の歴史を見ているとここに一人の音楽批評家が関係していることがわかりました。その人はクラウディア・キャシディ(1899-1996)という音楽・演劇批評家でした。

シカゴ交響楽団は、1891年創設。初代音楽監督セオドア・トマス(1835-1905)が、創設から急逝する1905年まで、その後がフレデリック・ストック(1872-1942)が亡くなる42年まで37年長きに渡って数々の功績を残し実力を付けていきました。
ところが3代目デジレ・ドゥフォー(1885-1960)の時からキャシディの登場で僅か4年だけ、後任のロジンスキー(1892-1958)に至っては1年だけ、次のクーベリック(1914-1996)はフルトヴェングラーの推薦で期待されながら3年だけに辞任するとことが続きました。

ドゥフォー時代に『シカゴ・トリヴューン』紙に音楽評論を書き始めたキャシディは、その痛烈な批判で、ドゥフォーは、嫌気がさししかもオケとの相性も相まって短期で辞任。次のロジンスキに対してはそれほどではなかったようですが、この人は楽団側から解雇されてしまいました。一番可哀そうだったのがクーベリック。

当初シカゴ響は、戦後ナチとの関係も潔白となったフルトヴェングラーに就任を依頼し、フルトヴェングラーもその気になったのですが、アメリカ国内ユダヤ系音楽家たちからの猛反対により断念。そこでフルトヴェングラーの推薦で就任したのが当時まだ36歳のクーベリックでした。

クーベリック自身、のちにシカゴ響とはいい仕事が出来たと回想してます。実際クーベリックは短期間で再建し、以前の元気を取り戻したかに思えました。

しかし彼自身、あの女だけは我慢できなかったと語るくらいキャシディを嫌っていました。穏健派で人格者として知られるクーベリックが、それほど忌嫌ったのですが、彼女の批評は相当辛辣だったようです。
しかもキャシディは、反フルトヴェングラーでもあったので、フルトヴェングラーに向けるべき批判をクーベリックにぶつけたとも言えます。

しかもクーベリックを慕って辞めた楽団員もいたようで、せっかく再建されるかと思われていたシカゴ響も低迷期を迎えてしまいました。
なお、キャシディの批評は、ショルティも嫌っていて、シカゴ響から音楽監督の話しがあった時に最初に確認してのが彼女の存在でした。ショルティが就任したのは1969年ですが、当時彼女は70歳で既に引退していたので契約したそうです。

クーベリックの辞任後、音楽監督に就任したライナーに関しては、キャシディは逆に好意的で、むしろ激賞するほだったということでした。

もっともライナーくらいの肝の座った指揮者ならキャシディの批判にどう対処したか見ものでもあったかもしれません。

ということでライナーの実力はもちろんありますが、外野に対してあまり気を使わなくも良かったという環境もあったかもしれません。

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ライナー 名盤 リヒャルト・シュトラウス 本当に1954年もの?

フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団で、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」と「英雄の生涯」を聴いて、まず驚くのがその音質の素晴らしさ!

えっ?これが1954年の録音?と驚きます。しかもステレオ録音。
1954年3月ということですから、まだフルトヴェングラー健在で、この録音のあともフルトヴェングラーの録音が残されています。

つまり、もしフルトヴェングラーがシカゴ響の音楽監督に就任していたら、と思ったら、シカゴ響との素晴らしい音質の録音を聴くことができたかもしれません。

ただ、それは楽観的な想像かもしれません。
フルトヴェングラーは、録音に対して懐疑的で、当時ロンドンに録音する時も高い録音技術を誇っていたデッカのマイク配置を勝手に変えたりして録音スタッフを困惑させたそうです。

その時に録音スタッフとして携わったのちに名プロデューサーになる若きジョン・カルショーは、はっきりと指揮者のせいだとコメントしたそうです。

ライナーは、そんなことはなかったようです。やはり後世に自分の演奏を出来るだけ良い状態で残したいという真摯な考えがあったかもしれません。

とにかく、僕はこのライナーのリヒャルト・シュトラウスを聴いて、録音の素晴らしさはもちろんですが、ライナーの気迫の籠った演奏には感服しました。

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フリッツ・ライナー 名盤 リヒャルト・シュトラウス

リヒャルト・シュトラウス – Richard Strauss (1864-1949)
交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 Op. 30, TrV 1761.
Also sprach Zarathustra, Op. 30, TrV 176
total(26:59)

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交響詩「英雄の生涯」 Op. 40, TrV 190
Ein Heldenleben (A Hero’s Life), Op. 40, TrV 190
total(43:34)

シカゴ交響楽団 – Chicago Symphony Orchestra
フリッツ・ライナー – Fritz Reiner (指揮)
録音: 1961, American Legion Hall, Hollywood, California, USA

R.シュトラウス:英雄の生涯&ツァラトゥストラはかく語りき フリッツ・ライナー

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リヒャルト・シュトラウス: 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」交響詩「英雄の生涯」 フリッツ・ライナー シカゴ交響楽団

実際、この音で聴きますと、ライナーがかってドレスデンのシェフであったことを想起させ、その理想をここで甦らせただけでなく、さらに突き抜けた世界を実現していることを目の当たりに出来ました。

それにしても、1954 年3 月と言えば、フルトヴェングラーは存命中であり、毎度のことながら、歴史に”たられば”は無いのですが、あの反対さえなければ、将にこの音でフルトヴェングラーを聴けたかもしれないと思うと胸が締め付けられます。

まあ、何はさておき、百聞は一聴に如かず、是非ご一聴くださいませ。(オタケンレコード 太田憲志)
東武ランドシステム



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