フルトヴェングラーの命日に思い出す 55年前のLPとの出会い

フルトヴェングラー
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こんにちは、
ともやんです。

11月30日はヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)の命日です。
享年68歳。
ふと気づくと、今の自分と同じ年齢で亡くなっているのですね。

同じ数字を目にすると、まるで彼の人生の重さが急に身近に感じられてくるから不思議です。

巨匠と呼ばれる指揮者は数多くいますが、その中でもフルトヴェングラーは特別な存在です。

記念日にあらためて彼の生涯をたどると、その音楽に宿る「熱」の源が少しだけ見えるような気がします。

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フルトヴェングラー 政治と音楽の狭間で生きた苦悩

フルトヴェングラーはベルリン・フィルの首席指揮者として、まさに時代の寵児でした。

しかし、その全盛期はナチス政権下と重なります。

彼自身は政治とは距離を置き、あくまで音楽家としての立場を貫こうとしましたが、戦後になると「協力者だったのではないか」という疑いをかけられ、裁判にまで発展しました。

演奏活動は一時停止となり、釈明の日々。
自由に指揮を振れたはずの時間を奪われたあの数年間が、どれほど彼の心身に影を落としたか。

現代のように情報が多角的に検証される時代なら、そこまで追い詰められることもなかったのかもしれません。

時代に翻弄された音楽家の姿を思うと、胸が痛みます。

70年以上経っても聴き継がれる理由

それでも、沈黙の時期を経て彼は再び指揮台に立ちました。

そして残された録音は、70年以上たった今も世界中の音楽ファンを惹きつけています。

モノラル録音で音質も決して最新とは言えないのに、リマスター盤が次々と発売されるほどです。

なぜここまで人を惹きつけるのか。

フルトヴェングラーの演奏には、音の奥に「揺れ」と「呼吸」があり、まるで楽譜の向こう側にある何かを掬い上げているような感覚があります。

その即興的ともいえる表現は、録音が古くても決して色褪せません。

むしろ現代の整いすぎた演奏にはない“生の緊張”が、聴くたびに新鮮に感じられるのだと思います。

中学時代のLPとの出会いがすべての始まり

僕がフルトヴェングラーと出会ったのは、中学2年生のとき
1971年5月のこと

今から約55年も前のことです。

当時の僕は、なぜか彼のLPを買ってしまいました。

買った理由は曖昧で、ただ「その前に買ったカラヤンのLPの解説にフルトヴェングラーの名前を見かけた」程度だったと記憶します。

でも、聴いた瞬間に世界が変わりました。

その音楽は、他の誰とも違っていました。
いや当時の僕にとっては比較対象は、その前に買ったカラヤンのLPくらい。

むしろ購入したLPは、1944年12月に録音されたウィーン・フィルとのベートーヴェンの「英雄」でしたが、それがその後長く僕のスタンダードになったのです。


※中学2年だった1971年5月に購入したLPジャケット。僕の自筆で1971年MAYと書いてますね。

だから、他のどの指揮者の演奏と違っていると感じたのはずっと後のことです。

緩やかな揺れのあるテンポ、燃え上がるようなクライマックス、祈りのように深く沈む静寂。

思春期の心に、こんなにも強く刺さった音楽は他にありませんでした。

それから気がつくと、時代がCDになろうがハイレゾになろうが、私は彼の古いモノラル録音を追い続けています。

同じ演奏の再発盤をいくつも買ってしまうこともしばしば。
困ったものですが、手に取らずにはいられない魅力があるのです。

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フルトヴェングラー ベートーヴェンの「英雄」

僕は、1971年5月に購入した日本コロンビアから発売されていたLPレコードは、俗に「ウラニアのエロイカ」と言われている録音です。

1944年12月の実況録音で、フルトヴェングラーは、同じウィーン・フィルは1952年にスタジオ録音も残していますが、僕は躍動的で迫力のある1944年の方が好きです。

2025年12月1日時点で、タワーレコードでは3種類入手可能ですね。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン – Ludwig van Beethoven (1770-1827)
交響曲第3番 変ホ長調「英雄」 Op. 55
Symphony No. 3 in E-Flat Major, Op. 55, “Eroica”

1.(15:43) I. Allegro con brio
2.(18:03) II. Marcia funebre: Adagio assai
3.(06:34) III. Scherzo: Allegro vivace – Trio
4.(12:46) IV. Finale: Allegro molto – Allegretto mesto – Poco andante – Presto
total(53:06)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 – Vienna Philharmonic Orchestra
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー – Wilhelm Furtwangler (指揮)
録音: 19-20 December 1944, Musikvereinssaal, Vienna, Austria
※データー、ターラ盤のものです。

ウラニアのエロイカ 数量限定盤

中国にフルトヴェングラー協会があるとは驚きです。

ウラニアのエロイカ<数量限定盤>

中国フルトヴェングラー協会による”ウラニアのエロイカ”
JANUS CLASSICSの別動隊とも言える中国フルトヴェングラー協会の新譜はウラニアのエロイカ(ウィーンフィル、1944年12月19日)の新復刻です。凝りに凝ったアートワークと音質はマニアの収集欲を掻き立てます。カプリングはベルリンフィルとの1942年2月15,17日のシュトラウス:「ドン・ファン」CDプレスは日本国内で盤質、管理も極上です。
ミューズ貿易

ウラニアのエロイカ ブラジル盤LPからの復刻

盤鬼こと平林氏による復刻盤です。

ウラニアのエロイカ 〈ブラジル盤LPからの復刻〉

アメリカ・ウラニア盤LPからの復刻CD(GS-2316/2024年8月発売/在庫僅少)の売れ行きを見ても、フルトヴェングラー・ファンのウラニア伝説に対する思いは、今なお非常に強いと言わざるを得ません。そこで今回は超稀少なブラジル・プレスのLP、SLP6530からの復刻LPを制作しました。ピッチが高いのはアメリカ盤と同じですが、マスタリングの際にそれは修正し、アメリカ盤との音の違いが容易に聴き取ることが出来ます。なお、LPの響きを尊重するために、プチパチ・ノイズはほとんどそのままにしております。
ボーナス・トラックには南米つながりで、フルトヴェングラーが1950年4月にブエノスアイレスを訪問した際、コロン劇場管弦楽団を振ったハイドンの交響曲第104番「ロンドン」を加えました。フルトヴェングラーが戦後、この曲を振ったのはわずかに1回、この時の公演のみでした。音質はさほど良くはありませんが、破格のスケールを持ったフルトヴェングラーの特徴はしっかりと刻印されています。
*おことわり:ハイドンの第1楽章冒頭の約3小節は原録音に欠落があり、修復はしておりません。ご了承下さい。(平林直哉)
キングインターナショナル

ウラニアのエロイカ UHQCD

ベートーヴェン: 交響曲第3番「英雄」

「ウラニアのエロイカ」として知られる超名演。DRAでは演奏日付も上記で記録されており、今回はそれに従います。不思議なことにこの演奏で放送局提供音源から商品化されたものは今までTAHRAとORFEO盤だけです。オリジナルテープのピッチが高いことが改めて確認されました。ピッチ修正盤と言われる既出盤もどうしても高音がきつく響く傾向にあり、今回はそれを是正しました。そのためトランペットやホルンは丸みが出て、弦楽合奏にも色気を増しております。元々が残響豊かな録音であり、音は当時としては鮮明。残響付加はせずテープヒスは遺し、フィルタリングによるノイズリダクションもしておりません。ヒステリックさは影を潜め雄大なベートーヴェン像が眼前に。巨匠の足踏みも随分と入っています。日本が世界に誇るフォーマットであるUHQCDであることも注目の名演です。宇野功芳氏による解説を再録しました。
ミューズ貿易
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いま改めて感じるフルトヴェングラーの「熱」

68年という人生は、音楽家としてはどちらかというと短い方だと思います。

しかし彼の録音を聴くたびに、音楽そのものに向けられた激しい情熱と、人間としての弱さや祈りのような深さが刻まれていることに驚かされます。

まるで録音が彼の「遺言」になって、今を生きる私たちに語りかけてくるようです。

命日の今日、久しぶりに棚から彼のレコードを取り出し、中学生の頃の私が受けた衝撃を思い出していました。フルトヴェングラーの音楽は、人生の節目にそっと寄り添ってくれる不思議な存在です。

これからも繰り返し聴き返すことになるでしょう。



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