こんにちは、クラシック音楽マニア歴50年のともやんです。
今回は「聴いても分かりにくい交響曲難曲ランキング ベスト5」を紹介します。
前回の「初心者におすすめの交響曲」が好評だったため、今度は編集担当の依頼で「マニア向けの難曲」をテーマに取り上げることになりました。
さて交響曲の「難曲」とは何か?
これは演奏者目線と聴き手目線で分けることができます。
僕はいくつかの合唱団で活動していますし、友人にはアマチュアですがオーケストラで活動している人もいます。
ただ合唱団で歌う交響曲というとベートーヴェンの交響曲第9番、俗に「第九」が一般的ですが、その他はマーラーのいくつかの交響曲程度で、難曲を語れるほどではないと思います。
またオーケストラで活動する友人からは、彼はヴァイオリン担当ですが、楽器によって難しさが違うので一概には言えないのではないか、というコメントをもらいました。
一方、聴き手にとっての難しい曲と言うと、クラシックマニア歴50年の僕には、それこそいくつも挙げられます。
そこで今回はマニア向けに、聴いても分かりにくい交響曲の難曲ベスト5を紹介します。
僕が選ぶ交響曲難曲ランキングベスト5
次に挙げる交響曲は著名な作曲家でしかも曲もそれなりに知られているし、録音もいくつも残されている作品が中心です。
難曲というとマニアも知らない作曲家やその作品を挙げようかと思ったのですが、知名度が低い作曲家を挙げても、「えっ、そんな作曲家いたの?知らなかった」と思われるのがオチで、共感されることもないと思います。
それに対し、以下に挙げる作品は「そうだよね。僕もその曲難しくて聴くのも大変で苦手だな」と共感してもらえそうな作品を集めてみました。
なお順位は、全く僕の独断と偏見で付けましたのご了承くださいね。
管弦楽だけで5楽章構成の異色作。
陰鬱で不安定な音楽が続き、全体像のつかみにくさはベスト・オブ・難曲作家マーラーの中でも屈指と思います。
第2位:ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 ハ短調
巨大な構成とシニカルな音楽。
初演も遅れた問題作で、全体像を把握するには相当の集中力が必要。
ショスタコーヴィチは、マーラーと並ぶ難曲作家だと思います。
第3位:シベリウス:交響曲第4番 イ短調
暗く重たい響きと簡素な構成。
ロマン主義的な高揚感を期待すると肩透かしをくらうかも。
でも良さが分かると中毒性もあるのでご注意を。
第4位:ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調
あまりに巨大で精神的な密度が高く、気軽に聴ける音楽ではないですね。
いまやブルックナーもすっかり一般的になり、コンサートでもよく取り上げられますが、この第8番に関しては初心者には試練だと思います。
第5位:メシアン:トゥーランガリラ交響曲
交響曲というより「異世界の祭典」。
オンド・マルトノという楽器が登場し、巨大な構成、愛と歓喜の宗教的宇宙観を持つ作品。
圧倒されすぎてついていけないかもしれません。
以上、挙げて5曲は、クラシック音楽にある程度親しんだ人でも難しい曲ですが、クラシック音楽史上において有名であり重要な作曲家たちの個性的にして異彩を放つ作品です。
しかもそれぞれが傑作とされ、著名な指揮者やオーケストラも多く録音を残しています。
それだから難曲だという理由で聴かないのは、あまりにももったいないので、それらの作品を分かりやすく紹介したいと思います。
ベスト5をわかりやすく紹介
今回難曲として取り上げた作品は、ブルックナー以外の4曲は20世紀の作品です。
交響曲は、18世紀後半にハイドンやモーツァルトらによって様式が確立され親しまれるようになり、19世紀になりベートーヴェンでひとつの頂点を迎えました。
その以降のロマン派や現代の作曲家たちは、ベートーヴェンの作品を乗り越えようとしたり、継承しようとしたり、違う切り口で、例えば演奏時間を長大にしたり、楽章構成を変えたり、楽章の数を増やしたり減らしたり、オーケストラ編成を大規模にしたり、独唱や合唱を取り入れたりとあらゆる挑戦を試みました。

つまりより複雑になったわけです。
だから聴く方も18世紀のハイドンやモーツァルトの作品の親しみやすさに比べ、20世紀の作品は、つまり馬車で移動していた人たちが、いきなり新幹線や飛行機に乗ったようなもので、なんだこれは!?と想像を超えた体験をしているのです。
マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
なんせマーラーの交響曲は長大なものが多く、それなりに忍耐が必要です。
まさにベスト・オブ・難曲作曲家で、マーラーだけで難曲ベスト5が作れそうです。
その中でも管弦楽演奏だけで約1時間半前後を要する第7番は、マーラーの面目躍如的な作品です。

グスタフ・マーラー(1860-1911)ボヘミア
Symphony No. 7 in E Minor
闇の中から行進が立ち上がる。
英雄的でありながら不安を帯びた緊張感が続く。
第3楽章:Scherzo: Schattenhaft(スケルツォ:影のように)
歪んだワルツが漂い、不気味で影のような音世界を形成。
第4楽章:Nachtmusik: Andante amoroso(夜の音楽:愛をこめてゆるやかに)
ギターとマンドリンが夢見心地の愛の小夜曲を奏でる。
第5楽章:Rondo – Finale(ロンド – フィナーレ)
輝かしい朝の訪れ。
ロンド形式で高らかに曲を締める。

※マーラーのポスターが貼られたピアノ室
マーラー唯一の「夜」をテーマとする大作です。
全5楽章で、序奏とフィナーレの間に「夜の音楽」2曲と影のようなスケルツォを配す特異な構成。
ホルン、ギター、マンドリンなど多彩な楽器を用い、幻想、諧謔(かいぎゃく:しゃれやユーモアの意)、牧歌、美しさが交錯。
暗い夜から光輝く朝への移行を壮大なスケールで描き、晩年の実験精神と豊かな色彩感を示す作品です。
僕のおすすめCDは次の2つ!
クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管
グスタフ・マーラー – Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
Symphony No. 7 in E Minor
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 – New Philharmonia Orchestra
オットー・クレンペラー – Otto Klemperer (指揮)
演奏時間(100:40)
なんと100分を要する超スローテンポの演奏です。
クレンペラーは度重なる怪我などで身体が不自由になり、75歳以降の1960年代からの演奏では、スローテンポな演奏が目立つようになりました。
だからこの演奏でも、まるで象の背中に乗ったアリの心境で、いまどのあたりにいるのか迷ってしまうほどです。
ただ、僕はこの演奏でこの作品の魅力を知りました。
我慢と忍耐を強いられる演奏ですが、なんとなくわかるようになった時の喜びはひとしおです。
ラトル/バイエルン放送響
グスタフ・マーラー – Gustav Mahler (1860-1911)
交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
Symphony No. 7 in E Minor
バイエルン放送交響楽団 – Bavarian Radio Symphony Orchestra
サイモン・ラトル – Simon Rattle (指揮)
録音: 6-8 November 2024, ドイツのミュンヘンにて
演奏時間(75:38)
現代の現役指揮者最高の巨匠の一人サイモン・ラトルの指揮による最新録音。
日本では、2024年11月の来日時で同曲の演奏で大好評を博しました。
この録音は、その直前にミュンヘンで行われたライブ録音盤。
クレンペラーに比べずっとわかりやすく、一般的にはこちらがおすすめです。
ショスタコーヴィチ:交響曲第4番 ハ短調
2025年はショスタコーヴィチの没後50年の年。
ショスタコーヴィチは20世紀の作曲家ですが、15曲もの交響曲を残しています。
ですからベートーヴェン以降では、ブラームス、ブルックナー、マーラーと並ぶ重要な交響曲の作曲家の一人です。
しかも僕にとっては、彼の作品内容の難しさはマーラー以上だと感じています。
だからショスタコーヴィチの交響曲だけでも難曲ベスト5が作れますね。
まさにマーラーとショスタコーヴィチが、ベスト・オブ・難曲作曲家の東西の横綱だと僕は思います。

※画像はナクソス・ミュージック・ライブラリーより引用
ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)ソビエト連邦
Symphony No. 4 in C Minor, Op. 43 演奏時間約62~65分
不安定な旋律と劇的な展開。
豪華なオーケストラが狂乱と静寂を交互に描く。
皮肉な舞曲風。
軽妙だが背後に影のような不穏さが漂う。
深い悲哀に満ちた序奏から、烈しい終結へ突き進む。

※ショスタコービッチが生まれたサンクトペテルブルクの風景
1936年、スターリンの批判を受け初演が中止された大作です。
それ以降後年まで封印され、スターリンの没後の1961年に蘇演されました。
巨大な3楽章構成で、混沌と諷刺、激情が渦巻く内容です。
マーラー的な長大さと独自のアイロニー(皮肉)が融合し、壮麗な響きの中に不安と悲劇が潜んでいるように聴き取れます。
壮大な第1楽章、諧謔的な第2楽章、深い悲哀で終わる第3楽章が対照的。
作曲家の反骨精神と芸術的野心を示した作品です。
バルシャイ/ケルンWDR響
ドミートリー・ショスタコーヴィチ – Dmitry Shostakovich (1906-1975)
交響曲第4番 ハ短調 Op. 43
Symphony No. 4 in C Minor, Op. 43
ルドルフ・バルシャイ/ケルンWDR交響楽団
1996年4月-6月 ドイツ・ケルン
演奏時間(62:01)
作曲家でもあったバルシャイは、ショスタコーヴィチと親交があり、よき理解者でした。
1992年から2000年に掛けてドイツのオーケストラ、ケルンWDR交響楽団(ケルン放送交響楽団)と録音したショスタコーヴィチの交響曲全集は、まさに同全集の金字塔だと思います。
井上道義/大阪フィルハーモニー響
大阪フィルハーモニー交響楽団 – Osaka Philharmonic Orchestra
井上道義 – Inoue Michiyoshi(指揮)
録音: 4-5 April 2014, Live recording, Festival Hall, Osaka, Japan
演奏時間(64:44)
井上道義氏は、1946年(昭和21年)東京生まれの指揮者で、桐朋学園にて齋藤秀雄に師事しました。
だから故小澤征爾氏、秋山和慶氏の後輩になるわけです。
1971年グィド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝し、一躍内外の注目を集め、国際的な活動を開始しました。
残念ながら2024年に引退されましたが、このCDは、その10年前の2014年の当ライブ録音。
タワーレコード・オンラインショップの解説より。
また井上氏は、マーラーも得意としていたので難曲のスペシャリストでもありました。
シベリウス:交響曲第4番 イ短調
シベリウスは、フィンランドが生んだ偉大な作曲家です。
しかし、僕には彼の7つの交響曲はどれも取っつきにくいものばかりです。
ただ好きな人、わかる人には、堪らない魅力があるようなので、まだ僕はその域には達していないようですね。

ジャン・シベリウス(1865-1957)フィンランド
Symphony No. 4 in A Minor, Op. 63 演奏時間32~35分
低弦が重く沈み、孤独な世界を開く。
鋭く切り込むリズムが冷たい光を放つ。
瞑想的で停滞する時間感覚。内面への沈潜。
第4楽章:Allegro(速く)緊張感のある推進の中、余韻を残して消える。

※シベリウスが学んだヘルシンキの風景(ヘルシンキ大聖堂)
1911年完成。
北欧の孤高の作曲家が内面的危機の中で書き上げた作品。
調性感が希薄で、冷たい灰色の響きと沈潜する表情が支配します。
全4楽章は緊密で、荒涼とした自然や人間の孤独を象徴するかのように感じます。
旋律美よりも深い精神性を重視し、シベリウスの中でも最も難解とされていますが、わかる聴き手には、その静謐な美しさに深く魅了されるようです。
シベリウスの交響曲は演奏時間も30分から40分ほどとそれほど長大ではありませんが、独特の世界観があり、とっつきにくさはブルックナーに似ています。
でもその良さが分かると離れがたくなるようです。
僕自身は、ブルックナーではその域に達しましたが、シベリウスはまだまだです。
パーヴォ・ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルハーモニー管
ジャン・シベリウス – Jean Sibelius (1865-1957)
交響曲第4番 イ短調 Op. 63
Symphony No. 4 in A Minor, Op. 63
ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団 – Helsinki Philharmonic Orchestra
パーヴォ・ベルグルンド – Paavo Berglund (指揮)
演奏時間(34:12)
フィンランド出身の名指揮者バーヴォ・ベルグルンド。
シベリウスのスペシャリストとして彼の交響曲を何度も録音しています。
シベリウスを理解する、好きになるには彼の録音を聴くのが一番近道だと思います。
ジョン・バルビローリ/ハレ管弦楽団
ジャン・シベリウス – Jean Sibelius (1865-1957)
交響曲第4番 イ短調 Op. 63
Symphony No. 4 in A Minor, Op. 63
ハレ管弦楽団 – Halle Orchestra
ジョン・バルビローリ – John Barbirolli (指揮)
録音: Kingsway Hall, Holborn, London, UK
演奏時間(36:21)
僕の好きな指揮者。
祖父も父も共にイタリアのヴァイオリン奏者だったそうですが、本人はロンドン生まれ。
ベートーヴェンを演奏してもブラームスを演奏しても”らしく”ないのが、バルビローリ。
ヒューマニズム溢れ、深い情愛を感じさせる演奏は、多くのファンから慕われました。
初来日直前に70歳で逝去されたのが惜しまれます。
シベリウスでも、その”らしく”ない演奏で感動させてくれます。
ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調
ブルックナーは、2024年に生誕200年を迎え、ウィーンや生地リンツでは、色々なイベントが行われました。
ちょうど同時期にウィーンとリンツを訪れた僕は、地元オーストリアにおいて、非常に尊敬されている作曲家の一人だと強く感じました。
日本では、特に1970年代以降、指揮者の朝比奈隆氏(1908-2001)などが積極的にコンサートで取り上げ、すっかりコンサートプログラムの常連という位置づけです。
しかし、やはり1時間を超える作品も多いので、クラシック初心者には苦行かと思います。

アントン・ブルックナー(1824-1896)オーストリア
Symphony No. 8 in C Minor, WAB 108 (1890 edition, ed. L. Nowak) 演奏時間75分~100分
壮大な動機が展開し、精神的高揚と陰影が交錯。
重厚で力強いリズムが全曲の心臓部を成す。
敬虔で深い祈り。弦と金管が荘厳な調和を築く。
全主題が回帰し、壮大な頂点へと達する。

※2024年5月リンツ郊外のサンクトフロリアン修道院を訪れた。この石碑の下にブルックナーが眠っている。
ブルックナー晩年の集大成的な作品。
最後の第9番が、未完成だったことから完成させた最後の交響曲です。
全4楽章、約80分超の大作で「宇宙的」とも形容されます。
雄大な第1楽章、力強いスケルツォ、深い祈りのアダージョ、そして全主題を総括する壮麗なフィナーレ。
重厚な和声と長大な構築美は荘厳なカテドラルのようで、敬虔な信仰と人間の崇高さを音で表現しています。
2024年6月にブルックナーの眠るリンツ郊外のサンクトフロリアン修道院に行ってきました。
そこで大聖堂の建築物やステンドグラス、パイプオルガンとその響きを聴くと、ブルックナーの作品をより身近に感じました。
なお、ブルックナーの交響曲第8番には、大きく分けて「ハース版」と「ノヴァーク版」という2つの主要な楽譜(版)があります。
どちらが良いかは、演奏者や聴き手の好みになります。
僕自身は、その違いを明確に聴き分けるほどの聴き手ではないので、ここでは特に触れません。
なお、曲の解説やおすすめのCDはノヴァーク版ですが、これも特に意図したものではありません。
ヨッフム/バイエルン放送響
アントン・ブルックナー – Anton Bruckner (1824-1896)
交響曲第8番 ハ短調 WAB 108 (1890年稿・ノヴァーク版)
Symphony No. 8 in C Minor, WAB 108 (1890 edition, ed. L. Nowak)
バイエルン放送交響楽団 – Bavarian Radio Symphony Orchestra
オイゲン・ヨッフム – Eugen Jochum (指揮)
録音: 21 November 1957, Live recording, Herkulessaal, Residenz, Munich, Germany
演奏時間(75:21)
ブルックナー指揮者として名を馳せたドイツの名指揮者オイゲン・ヨッフム(1902-1987)には、1958年から’67年に掛けてDG(ドイツ・グラモフォン)でベルリン・フィルとバイエルン放送響を指揮してレコード史上初のブルックナーの交響曲全集があります。
その後’75年から’80年に掛けてシュターツカペレ・ドレスデンと2度目の全集を完成させました。
またヨッフムは、1949年にバイエルン放送交響楽団が創設されてから1960年まで首席指揮者を務めたにもかかわらず、DGに録音したブルックナーの交響曲全集では1,4,7,8,9番がベルリン・フィルに割り振られ、ライヴも含めてバイエルンとの第8番がありませんでした。
今回ご紹介するCDは、アメリカ・ブルックナー協会の放送音源から編まれた全集「ブルックナー・フロム・アーカイヴ」からのものです。
事務局長バーキーの膨大なテープを基に、研究者コーストヴェットが監修しました。
最終巻は1887年から亡くなる1896年の間に作曲された3曲を収録。
中でも貴重なのは、ヨッフム指揮バイエルン放送響の第8番。
DG全集にもなかった組み合わせで、1949年のヘッセン響盤より引き締まりと流動性が増し、テンポと強弱を巧みに操る劇的な解釈はファン必聴のCDです。
セルジュ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル
交響曲第8番 ハ短調 WAB 108 (1890年稿・ノヴァーク版)
Symphony No. 8 in C Minor, WAB 108 (1890 edition, ed. L. Nowak)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 – Munich Philharmonic Orchestra
セルジュ・チェリビダッケ – Sergiu Celibidache (指揮)
録音: September 1993, Philharmonie am Gasteig, Munich, Germany
演奏時間(104:26)
なんと演奏時間100分を超える、とんでもなくゆったりした演奏です。
スローテンポで有名なクレンペラーでも約85分の演奏時間で、その遅さがわかります。(但しクレンペラーの場合終楽章で118小節におよぶカットがあるので一概には比較できない)
最初その物々しい遅さに驚きますが、慣れてくるとこれはこれでわかりやすいです。
ブルックナーにある程度慣れてから聴くことをおすすめします。
メシアン:トゥーランガリラ交響曲
作曲家オリヴィエ・メシアンは、指揮者のカラヤンや朝比奈と同じ1908年の生まれですから、まさに現代の作曲家です。
しかもトゥーランガリラ交響曲はその代表作ですから、多くの著名な指揮者が録音を残しています。
ですが、だからと言って積極的に聴きたいとは思わない作品。

※画像はナクソス・ミュージック・ライブラリーより引用
オリヴィエ・メシアン – Olivier Messiaen (1908-1992)
Turangalila-symphonie 演奏時間77~80分
主要動機が提示される壮麗な幕開け。
甘美で熱烈な愛の旋律が広がる。
活力に満ちたリズムの遊戯。
さらに濃密で陶酔的な愛の表現。
第5楽章:Joie du sang des etoiles(星の血の喜び)爆発的な喜びと輝かしい音響の奔流。
第6楽章:Jardin du sommeil d’amour(愛の眠りの庭)
夢のように静かな愛のひととき。
第7楽章:Turangalila II(トゥーランガリラ II)
再び力強いリズムが躍動する。
第8楽章:Developpement de l’amour(愛の発展)
情熱が高まり、愛が頂点に達する。
第9楽章:Turangalila III(トゥーランガリラ III)
快活でリズミックなエネルギーが再燃。
第10楽章:Final(終曲)
壮麗な愛の勝利で全曲を締める。

※メシアンの生地フランス南部のアヴィニョンの風景
1948年完成。
愛と喜びをテーマにした全10楽章、約80分の大作。
オンド・マルトノという20世紀になって開発された楽器や打楽器群を駆使し、色彩豊かで官能的な響きが満ちています。
インド音楽や鳥の歌、独自の和声が混ざり合い、甘美さと爆発的エネルギーが交錯。
20世紀音楽の金字塔で、聴き手を異世界の愛の園へ誘うのです。
オンド・マルトノという楽器は、1928年にフランスの電気技師でチェロ奏者でもあったモリス・マルトノによって発明された電子楽器です。小型のオルガンのような外観で、鍵盤とリボン状のコントローラーを操作して演奏します。独特の音色を持ち、現代音楽や映画音楽で効果的に使われることがあります。AIによる概要を引用
アンドレ・プレヴィン/ロンドン響
オリヴィエ・メシアン – Olivier Messiaen (1908-1992)
トゥーランガリラ交響曲
Turangalila-symphonie
ジャンヌ・ロリオ – Jeanne Loriod (オンド・マルトノ)
ミシェル・ベロフ – Michel Beroff (ピアノ)
ロンドン交響楽団 – London Symphony Orchestra
アンドレ・プレヴィン – Andre Previn (指揮)
演奏時間(79:26)
1977年とアナログ全盛期の録音ですが、プレヴィンならではの明快な解釈でクラシック・ユーザーに広く曲を知らしめた名盤です。
沼尻竜典/日本フィルハーモニー
野平一郎 – Ichiro Nodaira (ピアノ)
沼尻竜典 – Ryusuke Numajiri (指揮)
日本フィルハーモニー交響楽団 – Japan Philharmonic Orchestra
原田節 – Takashi Harada (オンド・マルトノ)
演奏時間(77:15)
邦人演奏家を中心にした「ベスト100」シリーズの一枚。
限られたリハーサル時間の中、沼尻は即興的な表現を織り交ぜつつ、巨大な作品を揺るぎない構造でまとめ上げています。
日本フィルから官能的な響きを引き出した手腕は圧巻で、ライヴならではの熱気もビシビシ伝わっています。
録音も良好で、価格面からもおすすめできる一枚です。
最後に
今回は、交響曲難曲ランキングというテーマで書きました。
漫画家・文筆家のヤマザキマリさんが、ラジオ番組で次のように語っていました。
“母親が札幌交響楽団のヴィオラ奏者だったので、子供の頃、母親の出演するコンサートによく無理やり来させられた。
ただ楽しい曲ならいいが、ショスタコーヴィチ、シベリウス、メシアンの曲は難しくて、聴くのが苦痛なのでもじもじしていると、ステージから母親の睨みつける視線を感じたものだ。
それで大人しく聴くために、詰まらないものでも、想像力を膨らませることで詰まる時間にしたものだ。それが今の仕事に役立っているかもしれない。”
TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」2021.4.25放送分より、内容を要約・再構成しました。
大人でしかもある程度クラシック音楽に馴染んだ人でも、ショスタコーヴィチ、シベリウス、メシアンの曲の時には苦痛と感じることもあるのに、小学生のヤマザキさんには、大変な体験だったと思います。
クラシック音楽には忍耐を要する名曲がたくさんあります。
でも難しいからと敬遠ばかりしているとせっかくのクラシック音楽の素晴らしさを知る機会を失っているかもしれません。
この記事で紹介した難曲たちは、僕も最初はチンプンカンプンでした。
でも聴き続けていると少しずつ新しい発見がありました。
その内にそれが楽しくなって、気が付いた時には難曲と思っていた曲も好きになっていました。
その喜びを感じるために難曲を聴き続けているのかもしれません。


コメント
かしたけです。お世話になっております。
ブルックナーの第8交響曲で「ヨッフムのEMI盤」ではなく「グラモフォン盤」を挙げられている理由をぜひお伺いできればと思っております。
世評ではEMI盤があげられることが多いのですが、あえて「グラモフォン盤」というところに、興味を惹かれました。
かしたけさん、コメントありがとうございます。
今回取り上げたCDは、DG盤ではなくアメリカ・ブルックナー協会の放送音源(エアチェック)から、選りすぐりの初出音源で交響曲全集をCD化するブルックナー・フロム・アーカイヴからのものです。その中でヨッフムと手兵バイエルン放送響の第8番はこれまで録音が無かっただけに特に貴重ということで今回取り上げました。むしろ説明が間違っていたんで申し訳ありません。修正いたしました。今後ともよろしくお願いします。
ありがとうございます!なるほどそういうことだったのですね!
今度聴いてみます。